第6話 闇の覚醒

 呆然としていたが、こくんと頷いた。


「……うん」


 彼はリアの瞳を覗き込む。


「本当?」

「……本当よ。私もパウルを好きだった。あなたのお嫁さんになる」

 

 リアはパウルを想っていた。

 だから今、信じられないくらい、幸せで胸がいっぱいだった。


「嬉しい……! ありがとう」


 彼は顔を輝かせ、リアの手の甲に唇をおとした。リアの心臓は大きく跳ね上がる。


「僕と結婚しよう。約束だ」

「……うん。約束」


 パウルは微笑んで、リアの家の前まで送ってくれた。帰っていく彼の背をリアは、ずっと見送っていた。

 家に入った途端、ほっと気が抜け、リアはその場に屈みこんでしまった。


「おかえり――リア?」


 父が、そんなリアに最初に気付いた。


「どうしたんだ?」

 

 起き上がれない。慌てた父はリアを抱える。


「一体、何があった」

「? どうしたの?」


 奥から出てきた母の声が耳に届いたけれど、瞼が重い。


「リアが立てないんだ」

「リア?」


 二人の声を、リアはぼんやりと聞いていた。先程のパウルとのことで、心は弾んでいるけれど、地下から体調は悪く、身体は重かった。

 緊張が解け、一気に動けなくなった。




 意識が途切れて、目を開けたときには、寝台にいた。

 傍らでは両親が、横たわるリアをひどく心配そうに見ている。


「リア……」

「ちょっと私、立ちくらみしたみたい」


 さっきより、体調は幾分マシになっている。リアは安心させるため笑顔を作った。

 身を起こすと、少しだけ頭が痛んだ。


「リア……あなた、瞳が……」

「え?」

 

 両親は、愕然と顔をこわばらせていた。


「どうしたの、父様、母様?」

「瞳が金色になっているよ」

 

 父が言い、母がリアに鏡を渡した。


「ほら、見て」


 リアは鏡に自分を映して、ぎょっとした。


「えっ」


 本当に瞳が、金色になっている。


「ど、どうして!?」


 慌てふためくと、父がリアの肩に手を載せ、優しく宥めた。


「リア、落ち着きなさい。ゆっくりでいいから、魔力を解放してみて。全て」

「う、うん」

 

 リアは戸惑いながら目を瞑った。

 魔力を全身に行き渡らせる。


(一体、どうして瞳が金に……?)

 

 身が熱くなるのを感じた。

 今、体調は万全ではないのに、魔力が強くなっている。

 不思議に思いながら魔力を抑え、瞼を持ち上げる。

 

 父も母も瞠目していた。


「リア……あなた、覚醒している……!」

「覚醒……?」

 

 瞬くリアに、両親は話して聞かせてくれた。

 

 ――術者のなかで『闇』寄りの者は、『闇』術者として覚醒することがある。

 それは数百年に一度あるかないかのことらしい。

 大陸でもこの帝国以外には伝わっていない事実である。

 他国では『闇』術者が現れたことがないためだ。


『水』『炎』『大地』『風』の術者の他、希少性の高い『星』『光』。

 その上に『花』。

『花』を凌駕する『闇』――。

 

 母は吐息を零した。


「『闇』は、術者の頂点よ。ギールッツだけに伝えられているのだけれど」


 母の声が曇る。


「このことが、もし帝国に知られたら……」


 青ざめる母の背に、父が手を添えた。


「大丈夫だ」


 父はリアの顔を覗き込む。


「リア、このことは、誰にも言っちゃ駄目だよ。今後、魔力を全て解放するのもいけない。約束だ」


 両親の様子から、リアはそれが重要なことなのだと感じた。


「うん、約束するわ」


(それにしても……今日は、色々なことがあった。内緒にしなくてはいけないことも続いているわ……)


 不安に思い、リアの唇からぽつりと言葉が零れおちる。


「私、ずっと金の瞳のままなの?」


 母と同じ紫色をとても気に入っていたのに……。

 これからもずっと金色でいることになるなら、話さなくてもわかる気がする。

 母は首を横に振った。


「いいえ、時間が経てば収まると思うわ。今は覚醒したばかりだから、金色になっているのでしょう。今後、魔力を全て解放しなければ大丈夫よ」

「だが突然、どうして覚醒をしたんだろう。リア、今日何があった?」

「ええと……」 

 

 パウルから地下でのことは誰にも話さないでと言われている。隠し通路を通り、地下に入ったことは内緒にしなければならない。

 結婚しようと言われたことも、話すのは照れる。


「私、いつものように、パウルとイザークと草原で遊んでいたの」

「覚醒は突然にあるものらしいけれど……」


 母は悩ましげに眉を寄せる。父がリアに穏やかに言い聞かせた。


「瞳の色が収まるまでの間は、外に出ないように。魔力もしばらく使っては駄目だ。術者というだけでも珍しい。『闇』術者だと知られれば、厄介事に巻き込まれてしまうとも限らないからね」

「わかったわ、父様」


 部屋に一人になった後、リアはパウルのことを考えた。

 結婚しようと彼から言われた。嬉しくて、幸せで、くすぐったかった。

 

 パウルもイザークも『明』寄り。

 瞳の色が変わったりはしていないはず。

 だが地下から具合が悪そうだったから、心配である。


(早く会いたいわ。瞳の色、すぐに戻ってほしい)


 そう思いつつ、リアは寝台に再度横になり、微睡んだ。

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