(握る手は放さずいてね)

いやよ、教えない。男は食い下がり、友達じゃないかと笑う。ワイスはそっぽを向いた。戻った彼は咳払いをして間に割り込んだ。ワイス、私の傍へ。

見上げた顔は恐ろしげに歪む。ワイスは首を傾げた。心配しなくてもあなたのものよ。彼は眉を寄せて、場を取り繕った。対面で男は愉快そうに笑う。

私的な話があると彼は言う。了解を示し、焼菓子を出す。割らず済むよう同じだけ。下がるよう言われたワイスは、終わったら知らせてね、と言った。

一礼してから部屋を出る。物わかりの良い妻ってこんなふうかしら。廊下を駆け抜て自室の鍵をかう。飛び込んだ先の寝台で、掴んだ枕と転げ回った。


始めて人目を意識した。似合いの二人か、釣り合いは取れているのか。不自由のない暮らし、見合った愛はそこにあるのか。ワイスは天面に沈みゆく。

明日からのことを考える。するべき様々は決定事項で、次に取るべき行動も然り。願い全て叶うならこの身さえ惜しくはない。彼のことが好きだった。


鳴った扉に跳ね起きた。背を伸ばし、気取って声を返す。客が帰った。彼の伝言はそれだけだ。お話は終わったのね。ワイスは部屋を出て、手を取る。

夕食を済ませ、ワイスはやりとりを思い出す。横目で見る彼はいつも通りに見えた。愛について。未だ言えない内心について。ワイスの胸は少し痛む。

折り目正しい人生設計。規範への渇望がワイスの口を開かせた。小さな足は台に立つ。お願いがあるわ。怖がる心を抑え込み、甘い色の瞳を見つめる。

声はなかった。彼が見ていた。逃げず、臆さず、一つの間違いもないよう言葉を辿る。夜じゅうずっと起きていて。わたしとしてほしいことがあるの。

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