彼らはコンビニから出られない
シーズーの肉球
序章
prologue
ずっと、忘れられない相手がいる。
彼女はいま、何をしているのだろうか。幸せであってほしい。けれど、その幸せに自分が全く関わっていないと思うと少しだけ落ち着かない。
あまりにも気になって、いくつかの有名なSNSで名前を検索した事がある。けれど、出てくるのは同名の別人ばかりだ。元クラスメイトに聞いてみても、誰も彼女の今を知らない。そもそも、存在さえ忘れているのがほとんどだった。
もう、10年も経ったのだ。覚えていなくても仕方ない。未だに執着している方がよっぽど変だろう。我ながら気持ち悪いなと苦笑して、コンビニに入った。
家の近所ではあるが、あまり使わないコンビニだ。毎回、前と違う店員が出迎えてくれる気がする。今日は若い女性店員と、研修中らしき男性店員の二人だった。
酒と、スナック菓子を空いたレジに持っていく。そして、気づいた。
俯き加減にレジを打つ女性が彼女にそっくりだったのだ。こんな偶然あるのかと、思わずネームプレートを確認しようとするも見当たらなかった。ここのコンビニはネームプレートをしない方針なのかもしれない。
「……塩尻さん、すみません。これ、どうすれば……」
すると、隣でレジ打ちに悪戦苦闘していた男性店員がすぐ答え合わせをしてくれた。名前が違う。他人の空似だったらしい。思わず息をつく。少しばかりホッとした気持ちと、残念だという気持ちが自分の中に混在していた。
塩尻さんは淡々と男性店員に指示すると、すぐにこちらのレジ打ちに戻った。
「すみません、お急ぎのところ」
「ああ、いえ」
全く急いでなかったのでそう答えながら代金を払った。テキパキと仕事をこなす姿に見とれていると、お釣りとレシートを渡される。
「ありがとうございます」
商品を受け取り、コンビニから出ようとした。その時だった。
目の前を覆う黒い巨体。何だか禍々しいなと頭に浮かんだのが一瞬。爆発したような音と共に物凄い衝撃が身体を襲った。
気づくと、地面に倒れていた。一体、何が起きた? ぼんやりする頭で、周囲を確認しようとするも身体が動かない。
あぁ、これは死ぬな……。死んだ事ないくせにそう確信した。まあ、最後に彼女そっくりな人と会えたからまあ、少しはマシか。
だが、本当にこんな終わり方で本当にいいのか。やりなおし、したくはないのかと。けれど、人生はゲームではない。やりなおしなど、出来る筈もなく。
だけど、生まれ変わる事ができるとしたら。今度はちゃんと、自分の気持ちを素直に伝えられる純粋な人間でありたいと願う。
……段々、頭がうまく働かなくなってきた。最後に考えたのは、塩尻さんと男性店員は無事だろうかという事だった。
* * *
「えっ?」
聞き慣れた入店音に思わず足を止める。バッと後ろを振り返るも、外は何の変哲もない光景が広がっていた。車が突っ込んできた形跡など微塵もない。
怪訝そうな顔でこちらを見る店員二人から逃れるように雑誌コーナーに向かう。適当な本を手に取り、読むふりをしながら考える。
いわゆる、白昼夢ってやつだろうか。自分が死ぬのを見るなんて、相当疲れているのか。まあ、夜勤後だから疲労は溜まっているだろうが……。
さっさと買い物をして家に帰ろう。そう決めて、酒とスナック菓子を持って塩尻さんの前に立った。流れるような動きの彼女を目で追っていると、隣のレジの男性店員が彼女に声をかけた。レジ操作に戸惑っているようだった。
「なんで……」
ぼんやりとその様子を見ていた俺はある事実に気づき、思わず呟いた。
初めてあった筈の女性店員の名前を俺は知っていた。その理由は、夢の中の内容と現実に起きた出来事が全く同じだったからだ。だがそうなると、この後……。
流石にそんな事あるわけない。ジワジワと這い寄ってくる恐怖から逃れようと、内心で自分に言い聞かせる。
「……円です」
考え事をしていたから、塩尻さんの言葉を聞き逃す。が、千円札で払いきれる値段なのは明白だったので、財布からお札を一枚取り出す。その際、ポケットから何かが落ちた。拾い上げると、それはレシートだった。何の変哲もないそれに何故か違和感を覚えたが、特に深く考えずにまたポケットに突っ込む。
お釣りとレシート、商品を受け取る。コンビニを出ようとするも、妙に気になる事があって足を止めた。
先ほど落としたレシートと、受け取ったレシートを取り出して、確認する。やはり、同じだった。全く同じレシートが二枚、存在する。しかも、商品を購入する前からその内の一つを俺は持っていた。つまりそれは、現実的にありえない。
答えのない問題を解いてみろと言われているようで気分が悪い。それに……この後の展開が夢と同じだとしたら。
その最悪に思い当たった瞬間だった。馬鹿みたいに大きな音とともに天地がひっくり返った。何が起きたか分からなかったが、死んだという事は分かる。
またしても俺は入り口に戻っていて、入店音が鳴り響いていた。ここに長居すると確実に死ぬ。回れ右して出ようとするも、入ってきた客の一人にぶつかってしまった。頭を下げて退こうとするも、身体が動かなかった。
ふと腹部を見ると、鋭利なナイフが刺さっていた。どうやら今度は、コンビニ強盗に襲われたらしい。朦朧とする視界の中で、脅されている塩尻さんの姿が見える。が、今の俺には何もできやしない。
段々、寒くなってきたと思えば、また俺は入り口に立っていた。入店音が耳障りにすら聞こえてきた。
「…………」
叫び声を上げそうになるのを必死で堪える。俺はループしている。コンビニから始まり、コンビニで終わる、そんなループに。
* * *
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます