第127話 歓迎会当日と戻りつつある記憶
私のドレスについて熱い議論がなされているうちに、教皇の歓迎会の日がやってきてしまった。
明るい月の光が、メルキュール家の庭を照らす。
ドレスは結局、シャールの選んだものに決まった。
体に添ったラインの、濃い赤が印象的な大人っぽいドレスだ。
「たしかに素敵ではあるわ。でも、でもね、私のバナナ柄黄色ドレスもよかったと思うの! 裏地には遥か南の地にいるゴリラたちが……」
「バナナはよせ、悪目立ちしすぎる。それに、今日のドレスはお前によく似合っている」
「えっ!? そそそそ、そうかしら?」
驚いている間に彼に手を取られ、私は王宮行きの馬車に乗る。
教皇の歓迎会は夜に行われるため、子供たちは留守番だ。学舎を卒業した子もいるけれど、夜会に放り込むにはまだ心配な年齢である。
(シャールが急に褒めてくるからびっくりしちゃった。なんかまた、心臓がドキドキしてるし)
今日のシャールは夜会服に私のドレスと同じ色の小物を身につけている。
(なんでも着こなせるのよね。令嬢たちが騒ぐだけあってたしかに綺麗だし、性格も……って私、何を考えているの!?)
向かい合って座る馬車の中、突如羞恥に襲われた私は、正面を見づらい感覚に襲われた。
(以前のなんとも言えない気持ちを思い出してしまうわ。しばらく忘れていられたんだけど)
シャールはじっと私の方を見ている。
「ラム? どうかしたのか?」
「べ、別に! なんでもないわ! 気にしないでちょうだい!」
慌てて彼から目をそらせて窓を開ける。
クスクス笑う声が聞こえてくるけれど、人の気も知らないで失礼な男だ。
夜の涼しい風を頬に受けながら、私は夜の闇の中に浮かび上がる、ライトアップされた王城を遠目に眺めた。
今日の歓迎会のため、魔法を用いた発光する道具を置いて光らせているのだろう。
現代の魔法アイテムは粗悪品ばかりなので、基本使い捨てだ。
だから、毎日城が光っているわけではない。
メルキュール家では改善された魔法アイテムが使われているが、外部に漏らしてはいないのだ。
皆は「モーター教あたりが騒いでうるさいから、門外不出にしよう」と言うし、国王や司教を見た感じ、実際その通りだと思うし。
「現世は街全体が暗めね」
やや感傷的になってぽつりと呟くと、シャールが私の声を拾う。
「五百年前は?」
「もっと明るかったわねえ。それがいいことか悪いことかはわからないけど、周りを照らす魔法アイテムがいっぱいあったの」
「興味深い。その時代に生きたかったものだ」
たしかに、五百年前にシャールがいたなら、数々の功績を残した偉大な魔法使いになっていたのではないだろうか。
現代の魔力持ちたちは不憫だ。
どんなに才能を秘めていても、それを開花させる術もないのだから。
便利に消費され、ただ疲弊して、そのうち潰れていく。
「私たちで、この時代を、魔法使いがのびのび生きられるように変えていきましょう」
シャールは少し間を置いて頷いた気配がした。
「……そうだな」
人々の価値観をメルキュール家だけで変えていくのは難しい。
多少魔法を使うにしても大規模なものになるし、今の私の体では無理だろう。
今は世界全体が、魔力持ちたちに冷たいから。
(それでも、今の私にできることの中で、今世の魔法使いたちを救えるのなら)
弟子たちの手によって、私が転生した意味があるはず。
(そうよ、帰るの。過去の私は結局変えられなかった。あの日、皆を救えていたなら、現在がこんな状況になっているわけない。今度こそ……あら?)
救えていたなら? あの日?
頭をよぎった言葉が私を混乱させる。
(今の魔法使いたちと、五百年前の過去に何か関係があるの? 前に見た夢以来だけど、最近、やっぱり少しずつ記憶が戻ってきているような)
だが、深く考えようとすると頭の中で思考が霧散してしまう。
様子のおかしい私を、シャールが心配し始めた。
「具合が悪いのか?」
「いいえ、体調は大丈夫。でも、今……いえ、なんでもないわ」
自分自身でもなんなのかよくわかっていない内容を、シャールに話したところで、彼を困惑させてしまうと思う。
「途中で止められたら気になるだろう」
手袋を着けたシャールの右手が私の肩に触れ、振り返ると間近に彼の顔があった。
「……っ!」
声にならない悲鳴を上げた私は、それ以上近づくことも遠ざかることもできず、振り向いたままの姿勢でシャールを見つめ続ける。
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