第103話 伯爵夫人の居場所

(戻ってきたのね)


 しばらく離れていたメルキュール家を見ると、随分と落ち着いた気持ちになる。

 なんやかんやで、私はここを「自分の帰るべき場所・拠点」と認識しているようだった。


 シャールもどこかほっとしたように庭を見回し、双子も揃って似たような行動を取っている。


「カノンたちは……?」


 唐突に放たれたシャールの問いかけにはフエが答えた。


「転移の魔方陣を使って、無事に戻っているはずですよ。戦闘で疲れて休んでいるのではないでしょうか?」


 その言葉を不思議に思った私はフエに問いかけた。


「戦闘って?」

「ああ、奥様にはまだきちんとお話ししていませんでしたね。実は奥様を救出する際、年長の子供たちにも手伝ってもらったんですよ。門前の敵を減らしたあとは、帰ってもらいましたが」

「そうだったのね、あの子たちも助けに来てくれたの……怪我はないかしら。心配だわ」

「多少の擦り傷はあるものの、全員ピンピンしていますよ。皆、いい戦力になってくれました。いやあ、多人数を二人で対処するのはしんどいですから助かりましたね」


 私一人を助け出すために、シャールだけでなく、フエやバルも、そして子供たちまでもが一丸となり、危険な場所へ踏み込んで来てくれたらしい。

 今の話を聞いていると、まるで、そうするのが当然とでも言うかのような口ぶりだ。


「ありがとう、あなたたちには本当に感謝しているわ。前回も、今回も」


 前回というのは、私がセルヴォー大聖堂の司教補佐に拉致された事件のことだ。

 あのときも、メルキュール家は一丸となって動いてくれた。


(私、すっかり、メルキュール家の一員として見られているのね)


 今世の私の居場所。大事な家族に新しい弟子たち。

 自分を受け入れてくれた彼らを前にすると、とても温かい気持ちになる。


 一方で、前世の弟子たちを放っておけない気持ちも芽生えていた。

 五百年前に私がいなくなったあと、幸せに生きて天寿を全うしてくれていたのなら、それでよかった。

 私は彼らを家族として愛していたから。


 一番弟子と二番弟子が現在に転生していると知ったときも、それぞれの環境で立派に生活し、魔法使いたちの師となっている今、自分が出しゃばるべきでないと線引きしていた。

 過去に縛られず、二人には新たな人生を謳歌して欲しいと思ったから。


 なのに、あの子たちは私の予想の斜め上を行く行動ばかりを取る。

 ……どこでおかしくなってしまったのだろう。


 前世の彼らも独立を拒んでいつまでも私の家に居座ってはいたが、今世ほど何かに追い立てられるかのような不安そうな顔をしていなかった。

 きっと、二人をそうさせる出来事があったのだ。


(エペやフレーシュを、このまま放っておけない)


 独立を果たした弟子に対して過保護だと言われるかもしれない。

 しかしこれは、お人好しだと何度も周りから指摘されても、一向に止められない私の悪癖なのだ。自覚はあるが抑えられない。


(弟子たちと、きちんと向き合う機会を設けなきゃ)


 レーヴル王国やオングル帝国では、彼らと冷静に話し合うことができなかった。

 師匠として、私もまだまだ未熟な証だ。


 エペとフレーシュはまだ、私をそばに置くのを諦めていない気がするので、きっと再び私に会いに来るだろう。

 そうなった際に、メルキュール家に被害が出るような事態に陥ってはいけない。対策を練らなければ。


(あの子たちが暴走できないように、予めトラップを仕掛けておきましょう。いきなり魔法を封じられたり、二対一で持久戦に持ち込まれたりしない限り、勝算はあるはず)


 エペが真っ先に私に魔法をかけていたのがいい証拠だ。

 冷静に考えると、向こうはまだ、私の力を警戒しているということだろう。


 私は前世でも今世でも伝説と謳われた魔女アウローラ。そう呼ばれる理由には、きちんとした根拠がある。


(問題は私の体調だけど)


 こればかりは悩ましい問題だ。自分の力でどうすることもできない。


「ラム、まずは休め。長旅の上に、誘拐されて疲れているだろう」


 横にいたシャールは、私を支えるように立ち、部屋に戻るよう促した。

 彼の言うとおり、ひ弱な体は限界を迎えようとしている。


「それから……」


 私は屋敷の方へ歩を進めながら、まだ何か言い出しそうな、シャールの次の言葉を待つ。


「体調が回復したら、お前の過去について、きちんと話してもらうからな」

「……っ!?」

「あとで話を聞くと言っていたはずだ」


 あまりにも色々ありすぎたせいで、すっかり忘れていた。


(シャールに、私がアウローラだとばれたんだった!)

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