第89話 転移先と懐かしい相手
真っ暗な闇魔法に飲まれたあと、懐かしい香りがして瞼を開けたら、豪奢な知らない空間にいた。ここはどこかの誰かの部屋だと思われる。
壁面も床も高級品が所狭しと飾られていて……そして自分は今、巨大な一人掛けのソファーに座っているようだ。
(どうなっているの? これは、転移魔法の一種……よね)
状況判断しようと視線を動かせば、自分の腰に絡んだ二本の腕が見えた。男性にしては細いが、女性にしては筋肉が付いている。
びっくりして立ち上がろうと動くと、絡みついた腕が強引に私を引き戻した。
「きゃあっ!」
驚きの声を上げ、私は背後にいる人物の上に思いきり尻餅をついてしまう。慌てていると、耳元でとても懐かしい声がした。
「せっかく他人が思い出と感傷と感動に浸っているというのに、相変わらず落ち着きのない女だな」
だるそうに響く、偉そうな言葉。私は、この不遜な声の主を知っている。
前世では一番長い時間を共に過ごした相手だから。
「なんとか言ったらどうなんだ、アウローラ?」
私は自分の腰に回された手を掴み……ため息を吐きながら背後の人物に語りかけた。
「びっくりしたじゃないの、エペ。もっと普通の再会の仕方があるでしょう?」
「うるさい。知らないうちに俺をのけ者にして、クソ王子のグラシアルと楽しそうに……」
「だからって、いきなり闇魔法を使われたら驚くわ」
「部下が使えねーから、俺が直接城へ乗り込んだんだよ。アウローラこそ、あっさり俺に捕まるなんて転生して勘が鈍ったんじゃねえの?」
「……部下?」
「そんなことはどうでもいい」
この、失礼な人物は、前世の私の……一番弟子だ。
弟子の中でも最も長い付き合いの彼は、私が拾って育てた我が子のようなもの。
(見た限り、今世での年齢は同じくらいかしら)
若干育て方を間違えた気がしないでもないが、可愛い弟子の一人ということに変わりはない。ないのだけれど……
「とにかく、これからお前はここで俺と暮らす。以上」
「勝手に決められても困るわ。だって、今の私は……」
「ああ、わかってる。テット王国の伯爵夫人、ラム・メルキュールなのだろう? イボワール男爵家の長女で金と引き換えにメルキュール伯爵と結婚。義理の息子がいる子持ち」
「……よく調べ上げたわね」
「この程度、伝手があれば簡単に調査できる。とはいえ、お前を見つけるのには骨が折れたぜ……あれから二十年だ。ガキの頃は自由に身動きできなかったとはいえ、俺はずっとお前を探し続けていた。お前の方はそうでもないみたいだが」
「それは……」
「わかってる、記憶が欠落していたのだろう? そして死ぬ直前の記憶もない……だから、同時期に転生したであろう弟子を探すという発想に至らなかった。あのときは、さすがに俺も動揺していたからな。魔法の調整が不安定だったか、アウローラの体の損傷が酷すぎて魔法効果に不具合が出たか……」
何も話していないのに、彼は私の状況を言い当てていく。
荒々しい言動に反して、エペは弟子の中で一番の頭脳派だ。魔法理論に精通し魔力の扱いも繊細。
ブツブツと背後で呟き始めるエペに向かって、私は質問した。
「ねえ、待って。それじゃあ……私を転生させたのはエペなの? でも、フレーシュは……」
レーヴル王国に滞在中、フレーシュにそれとなく聞いても、詳細をはぐらかされてしまったのだ。私は真実が知りたい。
(転生って、普通は誰も使わないような高難度で高リスクな魔法よ? 魔力の使用量もかなり多くて……)
そんな魔法に可愛い弟子が手を出すなんて、アウローラなら絶対に止めていただろう。
(九割は失敗するし、効果の割に代償が高すぎるもの。あれ、でも……)
ここへ来る直前の、「僕があなたをこの時代に呼んだのに」という、フレーシュの言葉が思い浮かぶ。
すると、考えを読んだかのようにエペが言った。
私と彼は共にいた時間が長いせいか、互いの考えが読みやすい。
「あの格好つけ王子なら、お前に真実を話さないかもな。お前を蘇らせたのは俺とグラシアルだ。俺一人で片をつけたいところだったが、なんせ俺の魔力量は平均より多少多い程度だからな。脳筋魔力馬鹿の力を借りるのは癪だったが、背に腹は代えられない」
つまり、フレーシュの魔力を借りて、エペが魔法を構築、実行したということらしい。
昔から、ややこしい魔法の構築に熱心だとは思っていたが、まさか数々の悲惨な失敗例を持つ、使用不可扱いの転生を成功させてしまうとは。
「すごいわ、エペ!」
「ふん、時や生命に干渉する転生は闇魔法の管轄だ。俺と相性がよかったんだろうよ……完全に成功したとも言えないが。お前の記憶の欠損、転生位置のずれ、他にも不具合があるかもしれない」
「ほぼ成功じゃない。師匠として誇らしいわ! あと、そろそろ下ろしてくれないかしら? あなたの顔も見られないし」
「……お前は相変わらずの脳天気だな」
小さくため息をついたエペは、ゆっくりと腕を解く。その場で私は立ち上がり、後ろのエペを振り返った。
ふんわりした、淡い金髪の混じる桃色の髪に、金色の瞳、中性的な顔立ちに不遜な笑顔に似合うギザギザの歯、首や腕に見える入れ墨やごてごてと派手な豪華な服は前世と異なるものだけれど、それでも昔のままの彼のように思る。
「変わらないわね」
「お前もな。探すときに見た目が違うと面倒だから、同じになるよう魔法を組んだ」
「そういうことだったのね。不自然だと思ったのよ」
普通に転生したのなら、前世と同一の姿に生まれるわけがない。
しかも、イボワール男爵家の誰もが、私と全く異なる容姿をしているのだ。
「それにしても懐かしいわね、エペが今世でも元気で良かったわ。ところで、あなたがいきなり私を連れてきたから、城にいた皆がきっとびっくりしていると思うの。再会を喜びたいところだけれど、一旦帰っていいかしら?」
「何言ってんだ? お前は俺とここで暮らすと話しただろう。戻る必要はない……というか、ここから出す気もない」
「それは困るんだけど」
シャールもカノンもフレーシュも私を心配しているだろう。
「よかったら、あなたも一緒にメルキュール家に来る?」
尋ねると、額を抑えたエペが「本っ当に五百年前と何も変わらねえ」と、またため息を吐いた。
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