第80話 聖人同士の邂逅と聖人の順位

 部屋の中には王子の正装を纏ったフレーシュと、藍色のフードを羽織ったままの聖人がいた。カオに限らず、聖人の多くは普段からこの装いのようだ。


「話は聞かせてもらったわ」


 突然現れた私を見て、フレーシュは嬉しそうに頬を薄桃色に染める。


「師匠! 僕に会いに来てくれたの? 愛してるよ!」

 

 対する聖人はと言えば、若干むっとした表情で侵入者である私を観察し始めた。

 

「なんだお前は。私が誰だか知った上での狼藉か?」

「そうよ」

「……そっ!?」


 あっさり肯定されたのが意外だったのか、聖人は前世で私が飼っていた金魚のように口をパクパクさせている。

 予想通り年はまだ若く、私たちとそう変わらない年代だ。

 聖人特有のフードは外しており、カオと同じ色合いの淡い象牙色の髪に、すっと鋭い藍色の目をした上品な顔立ちが見えた。


(うちの金魚ほど可愛くはないわね。フレーシュがあの調子だし、このまま部屋に居座ってしまいましょう)


 私はカオを引っぱり、一番近くにあったふかふかの高級なソファーに勝手に腰掛ける。

 ようやくカオに気づいた聖人が、やや硬い表情で元仲間を見つめた。

 

 部屋の中心には四つのソファーが向き合って置かれており、私は対面するフレーシュや聖人とは別の位置に座る。彼らの横顔が見える場所だ。

 さっさと着席すると、あとを追って来たシャールもミュスクルを連れ無言で私の隣に腰を下ろした。


(席の周りが過密。特にミュスクルの体積が大きいから……シャールと私が必要以上にくっついてしまっているわ)

 

 フレーシュがもの言いたげな目で私とシャールを見ているが、シャールは私の夫なので座る場所は今の位置で正しいと思う……。

 

「師匠、そっちの席は狭いでしょ? 僕の隣に来なよ」


 しかし、その誘いには、相変わらずどこでも不遜な態度のシャールが答えた。


「断る。ラムの席は私の横と決まっている」

「なっ……」

「ラムは私の妻だからな」

「政略結婚のくせに、夫面しないでよ。師匠は僕と結婚する運命なんだけど?」

「ほう、王子が他人の妻に横恋慕した上、略奪とは……これは国際問題になるな?」


 話の途中で言い争いが勃発してしまい、聖人は置いてけぼりにされている。

 仕方がないので、私が話を切り出した。


「いいかげんにしなさい。今はそういう話をしている場合じゃないでしょう? そこの聖人、私はカオをモーター教へ返す気はありません。この子は弟子にします」

「は?」

「仲間を連れ戻しに来たところ悪いけれど、彼は私が責任を持って育てるから返せない。見てのとおり無傷だし、今後も酷い扱いをする気はないわ」

「…………」

 

 しかめっ面の聖人とは対照的に、カオはそわそわと落ち着かない様子を見せている。

 声を発するか逡巡した上で、カオは聖人に話しかけた。


「ネアン兄さん、ボクは……」


 しかし、ネアンと呼ばれた聖人は仲間の言葉を一瞬で切り捨てた。


「この出来損ないが。聖人の称号に泥を塗るとは」

「……っ!」


 カオは脅えたような表情になり、悲しそうにネアンを見つめる。

 

「せっかく聖人に取り立ててやったのに、お前にはがっかりだ。他の候補を探すか……」


 他の候補を探すとは、どういう意味なのだろう。同じ聖人同士なのに、彼らの間には明確な上下関係があるようだ。

 ネアンの放つ一言により、カオの脅えが益々顕著になる。


「待って、それだけは止めて! ボクから聖人の称号を取らないで! あそこに戻るのだけは嫌だ!」


 暴れたせいで、拘束されたままのカオは床に転がってしまう。

 それを藍色の冷たい瞳で眺めたネアンは、無言で片手を掲げた。

 彼の手のひらから、カオに向けてまっすぐに稲妻がほとばしる。雷魔法だ。


「あ、危ない!」


 しかし、稲妻はカオに到達するまでに弾かれた。シャールの放った、別の雷魔法によって。


「シャール、止めてくれたのね。ありがとう」

「ラム、今日は魔法は使うなと言ったはずだ。それなのに、どうして今にも魔法を放とうとしていた?」

「う……」


 性格上、フレーシュは絶対に聖人を守ったりしない。そしてシャールもこのタイミングで魔法を使うとは考えていなかった。

 だから一応、念のため、自分でもカオを守る準備をしていたのだ。

 だが、それがあっさりばれてしまうなんて、シャールは割と鋭い。

 

 メルキュール家は最近まで一種類の魔法しか使えず、他は勘や身体能力で補うしかなかった。過酷な魔獣との戦闘においても、ずっとその状態で対峙してきた。

 なので、メルキュール家の人々は、魔法以外の戦闘スキルが恐ろしく発達している。

 なんでも魔法頼みである私や今世の聖人よりも、その辺りの感覚は上だろう。

 

「ラム、お前の望みは理解しているつもりだ。侮るな」

 

 相変わらずの不機嫌顔で、シャールはそう言い放つ。

 他方、シャールに攻撃を弾かれたネアンは、思案顔でこちらを見据えていた。


「レーヴル王国の魔法使いか? 並の魔法使いにしてはなかなか素質がある、今のうちに摘んでしまうべきか。我らがモーター教の脅威になる前に」

 

 ブツブツ言いながら、今度はシャールに向けて魔法を放とうとするネアン。

 だが、その前に彼には聞きたいことがあるので、割り込ませてもらった。


「ちょっと待ちなさい。あなた、今、カオに攻撃魔法を放ったわね? どうして味方なのに攻撃するの? 同じモーター教の聖人なんでしょう?」

「冗談だろう、俺とこの出来損ないが……同じだと? 十人いる聖人にも格がある。俺は第二位の聖人、そしてカオは第十位の聖人だ。三位以上の聖人は人事権を持ち、候補の中から自由に次の聖人を決められる」


 同じ聖人でも一位から十位までの明確な順位付けがあるようだ。

 聖人は実質、人事権を持つ上位三名が仕切っているらしい。

 

「なるほど。で、あなたが以前聖人に据えたのがカオというわけね?」

「孤児院で一番器用に魔法を使うから取り立てたが、とんだ見込み違いだった。格下の聖人の任命や始末も、三位以上の聖人の役目だ。仕えない人間を聖人の地位に置いておくわけにはいくまい。だから、邪魔をするな」


 陰鬱そうな藍色の瞳がじろりと私を睨む。全然怖くないけれど。

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