第38話 妹たちの襲来2

「さっきからなんなのよ! お姉様のくせにリームとレームに向かって、そんな態度を取っていいと思っているの? お父様とお母様に言いつけてやるから、いつもみたいにお仕置きされればいいわ!」


 かつて父は私に対して酷い言葉を投げたり、物を投げたり、はたまた私自身を投げたりして折檻し、母は服で隠れる部分をつねってきたり、扇の角で頭を叩いたりと外傷がわからないように折檻した。

 さすがの両親も、メルキュール伯爵家まで来て嫁に出した娘をお仕置きすることはないだろう。常識的に。

 

「リームお姉様の言うとおりだわ。伯爵様にも愛想を尽かされるわよ? あ、もう尽かされているわねえ? 夫婦で初参加のパーティーでも別行動だったのでしょう? お母様もあきれ果てていたわ。本当に情けない女。未だに子供の一人も作れないで……レームたちが相手なら、子だくさんだったでしょうに」


 結婚して半年以上経つが、仮に子供ができていてもまだ生まれていない時期だ。

 誰が嫁に来ても子だくさんは無理である。

 

「伯爵様も地味で根暗な緑髪女より、リームたちの方が可愛くて好きになるに決まっているわ! ねえ、レーム」

「はい、リームお姉様!」


 得意げに胸を張るリームとレーム。

 しかし、私の背後にぬっと現れた人物が、即座に彼女たちの言葉を否定した。


「それはない。お前たちのように頭が悪くてやかましい女は好かん」


 振り向くと、話題に上がっていたシャール本人が苦い表情を浮かべ立っていた。

 てっきりフエかバルが来るものと思ったが、まさかシャール本人が登場するとは……


(暇なのかしら?)


 それにしても、すぐ近くに立たれるまで彼の気配に気がつかなかった。


「気配を消す魔法を使ったのね」

「ああ、アウローラの写本に載っていた闇魔法だ。お前にも通用するか試したかった」

「今はなんの対策もしていないから通用するわね。でも、闇魔法対策で予め結界を作る方法があって、それを展開すれば気配を察知できるのよ」

「なるほど。その魔法は本に書かれてあるのか?」

「どうだったかしら? 気になるなら今度やり方を教えてあげるわ」

「本当か? 約束だぞ」


 シャールの頭の中は今、九割方がアウローラの魔法に関する事柄で埋まっていそうだ。

 妹たちは存在を完全に無視されている。

 しかし、ここで引き下がるリームとレームではなかった。

 

「わぁっ。もしかして、メルキュール伯爵様ですかぁ~? お会いできて光栄ですぅ~」


 リームが急に別人のように高く鼻にかかった声を出し始めた。

 

「後妻のお姉様の結婚式はなかったから、今まで伯爵様にお目にかかることもできなくてぇ~。こんなに素敵な殿方だとは知りませんでしたぁ~」


 レームまで別人のような声になっている。


「伯爵様ぁ~、お姉様と離婚してリームをお嫁さんにしてくださらない?」

「リームお姉様、ずるい! 伯爵様ぁ、レームと結婚してくださぁい! ラムお姉様なんかよりも若いし可愛いですよぅ~?」


 シャールも使用人と同じように、未知の魔獣を見る目つきで妹を見た。


「おい、言いたくはないが……お前の身内大丈夫か? 主に頭……」

「言わないで。私も概ね同じ意見だから」

「で、あいつらは何しに来た? 連絡なしで来るくらい急用だったのだろう?」

「それが、私の持ちものを欲しがっているの。資金援助だけでは足りないらしいわ」

「はあ?」


 二人でひそひそと会話しているのが気に入らなかったのか、リームが体当たりをするように私とシャールの間に体をめり込ませてきた。すごい体勢だ。


「私ぃ~、伯爵様とお庭をお散歩したいですぅ~!」


 リームはシャールにもたれかかるように彼の胸に手をつき、うるうるとした目で獲物を見上げる。

 ちなみに妹たちはそこそこ美人であり、本人もそれを自覚していた。

 しかし、素行が悪すぎる上に実家がアレなので、まともな相手からは婚約の打診が来ない。

 

「ああっ! リームお姉様、ずるいですわ! レームは伯爵様とお茶がしたいですぅ~!」

 

 シャールはうんざりした様子で「なんとなく事情はわかった」とため息を吐いた。


「ラム、お前の妹たちはなんというか……親にそっくりだな。特に自分の欲に忠実すぎる部分が」

「たしかに、思考や行動は似ているけれど」


 彼の言葉を聞いて気になることがあった。

 

(お父様、シャールに資金援助以上の無理難題をふっかけていないわよね?)


 あの父のことだ。援助額をつり上げにかかるなんて、当たり前のようにしそうである。


(心配になってきたわ)

 

 今さらだが、シャールに対して申し訳なく思う私だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る