第31話 伯爵夫人は薬を練る練るする
私はフエにメルキュール家の実験場へ案内してもらった。
手から肘までが可愛い状態になったバルも、とぼとぼ後ろをついてくる。
今の時代でも最低限の魔法薬の知識は残っていて、メルキュール家では五百年前の粗悪な魔力回復薬などが生産されている。
(もっといい薬があるはずなのに、どうして粗悪品しか扱っていないの!?)
師匠や自分が過去に開発した薬も存在自体が消えたのだろうか。
嘆いても仕方がないが、釈然としない気持ちになった。
バルに施した魔法は光の幻影魔法を軸とし、それを現実に反映させる魔法。
どれくらい反映させるかの調整は可能だが、シャールの書斎はがっつり全面的に出させてもらった。
(大事な書斎みたいだし、可愛いほうがいいわよね)
心落ち着く癒やしの空間に、シャールも大満足だろう。
喜びのあまり固まったくらいなので。
庭を通り過ぎた東の一角に、二階建てで広めの小屋が建っていた。
これが実験場らしく、主に一階で作業を行い二階は薬関連の書籍や材料が置かれているのだとか。
(バルの腕を戻す材料はあるわよね。特に希少なものでもないし)
現在の魔法の駄目さ加減を見て、一抹の不安を覚える私だった。
「奥様、俺は仕事がありますので失礼しますね。バルをよろしく頼みます」
フエは穏やかな微笑みを浮かべつつ屋敷へ戻っていく。シャールもそろそろ感動から立ち直る頃だろう。
「さてと、まずは二階で材料探しね。バル、あなたのほうが詳しいでしょうから、手伝ってちょうだい。どこに何があるのか、さっぱりわからないから」
「……はい」
幻影魔法を現実に投影するのは、五百年前でさえ高度でマイナーな魔法だったと記憶している。
反映させるのは簡単だが、部分的な解除には細やかな技術が必要。
魔法で解除できないこともないけれど、薬での微調整が最も安心とされていた。
「ねじねじキノコと地球木のバター」
「それならあるよ。喉の薬に使うから」
「はじけ花の絞り汁に日向石の欠片、泡珊瑚の実、馬の唾液、その辺の砂と水」
「どんどん怪しくなってきた。一体、何を作るの?」
バルの顔が心なしか青い。
「手を治す飲み薬よ。唾液や砂は魔法で別の物質になるから大丈夫」
「塗るんじゃなくて飲むの!? 最悪だ、薬かリボン柄の二択なんて」
文句を言いつつバルの手は動いている。
なんだかんだで手が治ることを優先したようだ……リボン、可愛いのに。
材料持って一階へ下りると、バルは興味深そうに作業を眺めている。
薬を飲むのは嫌だが、私が使った魔法や製薬の作業工程は気になるみたいだ。
鍋に材料をぽいぽい放り込んで煮るだけのシンプルな薬である。
しばらく経つと、鍋の中身がぐつぐつと煮え始めた。
「飲みやすくするのと効果を高めるために、ねじねじキノコと地球木のバターを入れておくの。鍋や器具が昔使っていたのと同じで助かったわ」
「奥様、男爵家では一切薬を作っていませんでしたよね?」
「ええと、それは……」
ちょうどそのとき、鍋からボフッと煙が上がる。薬が完成したみたいだ。
中を見ると、どろどろした赤紫色の液体がぶくぶくと泡立っている。
「よし、上手くできあがったわ。あとはこれを濾して練る練る練る練る~」
ぐるぐるとオタマでかき混ぜるうちに、液体は飴のように粘りながら固まりだす。
完全に固くなる前に鍋から取り出して計量。丸めて皿に載せバルに差し出す。
残ったものはとりあえず適当に保管することにした。
「よし、完成したわ。飲み水はある?」
「そこに使用人が毎日新しい水を置いてるよ。ああ、もう、飲みづらいなあ」
「液体じゃないだけマシでしょ? さあ、ぐいっとどうぞ!」
鼻をつまんだバルは、丸薬を口に放り込み水で一気に押し流した。
「う、うえ~……喉の奥からエグ味が」
顔を青くしたバルはそのまま床に撃沈した。
「あらあら、薬の中ではマシなのに……リボン模様は徐々に薄くなって半日ほどで消えるわ」
聞こえているのかいないのか、バルはしばらく床の上で苦悶の声を上げ続けていた。
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