透明少女の身繕い②
「……どうするかな」
メッセージを送っても反応は無い。
《――「錦お兄さま、やっぱり変じゃない?」――》
《――「だから大丈夫だって、何もおかしくないっての」――》
《――「もー! 心配なんだよー女の子はこういうの!」――》
思い出すのは妹との会話。
夏休み明け、思い切って髪型を大きく変えた舞は――俺にずっと確認していた。その時も全く自分は彼女の気持ちは分からなかった訳で。
「難しいもんだな……」
心の準備の時間は用意してやっても良かった。
だが、やってしまったものは仕方ない。
時計を見る――午後八時。
見つかるかどうかは置いといて……その間の時間が、解決してくれる事を祈ろう。
☆
「……」
アレから三十分程。
メッセージとかは全くない。
というか――見つかる気がしない。
『今日はどこ行くー?』
『うーんもうすぐ九時だしな、せっかくだし見ていこうぜアレ』
『お前ロマンチストかよ』
『今日王都人多すぎ!』
『仕方ないって――』
人混み、そして普段よりもそれは増している。
日曜日というのもあって、例えこの中に彼女が居ても――
「『瞑想』」
とりあえず落ち着こう。
……俺は気付くべきだったんだ。
自分が考えている以上に、十六夜は髪留めを付ける変化を恐がっていた。
その長い前髪を留めて、己の目を晒すのが。
でも――その変化を彼女が望んでいるのも事実な訳で。
中々踏み出せない一歩に苦しむ十六夜が、今何処に居るのかは――
《――「……だから十六夜はもっと、自信を持っていいと思うぞ」――》
《――「その……少なくとも俺はそんな君を、十分魅力的だと感じるから」――》
思い出す、彼女に掛けた言葉。
その後だ。髪留めが欲しいと言ったのは。
これは自惚れじゃない。自分の声で彼女が変わろうとしたのなら。
「……そうか」
振り返り、街行く人を眺める。
――彼女の居場所は分かった。
後は、俺がタイミングを用意するだけだ。
☆
《王都展望台に移動しました》
普段通りココは人が多い。
特に日曜夜となったら、展望台だけでチャンネルが幾つ生成されるのやら。
「……もうすぐか」
時刻は20:57。奇遇にも十六夜とここに来た時間と同じだ。
あと、『三分』。
俺は――
『居るんだろ、十六夜』
メッセージを飛ばす。
『ごめんな。気付けなくて』
返答は待たない。
焦る事は無い、なぜなら。
『もう、居場所は分かってる。ずっと俺の後ろに居たんだろ?」
俺の背中には、もう十六夜が存在するからだ。
……違和感はあった。
それでも、ずっと居たせいか感覚が麻痺していたのだ。
彼女の隠密能力には、本当に驚く事ばかり。
そんな事言ってる場合じゃないか。
『それを人に見られるのは辛いか?』
『……うん』
人混みの中。
背中越し、メッセージを通じて会話する。
『じゃあ、何でそれを着けようと思ったんだ?』
『それは……ニシキが』
『俺が?』
『い、いじわる』
確かに意地悪い返答だった。
それでも少し、彼女の表情が和らいだ気がする。
……思えばかなり十六夜の事が分かる様になったな。
彼女が今、どんな感情なのか、とか。
彼女が今、どんな言葉を待っているのかとか。
時計を見る。
『8:59』、そう表示されていた。
『未だに、後悔してる事があるんだ』
『?』
『とある人から、とある事を聞かれたんだ。その時、思っていた言葉を言わずに逃げた』
『へ……?』
『一度逃げてしまったら、次はもっと大きな勇気がいる。その『次』が来ない事すらある』
『!』
『十六夜には、そうなって欲しくないんだよ』
そう言って俺は振り返る。
周囲の人だかりが、声が聞こえるけれど。
今。目の前のプレイヤーだけを見た。
その透明の少女を。
見えないけれど、しっかりとそこに彼女は存在している。
『でも。でも、こんな。人が、いっぱいで……』
『俺だけに見られるのは良いのか?』
『! ニシキだけ……なら、みてほしい。でも』
『大丈夫だ。後十秒経てば、誰も俺達なんて見なくなる』
『へ……?』
『あと五秒』
『さ、さっきから意味分からないよ――』
そう、十六夜が言った瞬間。
――「うおー来た来た!」「きれー!」「ほんと現実より綺麗だわ」
鳴る笛のような音。
地面に響く爆発音。
連鎖する破裂音。
俺の背にはきっと、夜空に咲いた美しい花が一面に広がっている事だろう。
そう――たった今、花火が上がったのだ。
王都ヴィクトリアの日曜夜九時は、決まってこのイベントがある。
この人だかりはこれが理由。
大量に人が居るってのに、不思議と二人だけの空間だった。
まあそりゃ、俺達だけ花火見てないしな。
「言っただろ。今だけは、君を誰も見ないから」
「……うん……『解除』」
聞こえたその声。
透明の空間から現れ始める一人の少女。
脚から、ゆっくりと。やがて――その顔も現れた。
「――っ!」
「……あんまり、じっと見ないで……」
花火の音はうるさいはずなのに、その声は何よりもしっかり聞こえて――
そこには、髪留めによって右目をはっきりと出した十六夜が居た。
上気した赤い頬に潤んだ目。
吸い込まれる様な美しい紫色の宝石。
そこへVRの花火が映る、そんな幻想的な光景に。
じっと、見とれてしまっていた。数秒か数十秒か分からない。
だが、俺の中ではそれは一瞬で――
「――ニシキ……!」
「……」
「……に、ニシキってば……」
「……」
「花火、終わっちゃうよ……?」
「――っ! ご、ごめん!」
その声に気付けない程、俺は、彼女の瞳に見入っていたんだろう。
そしてそれに見惚れていたと気付いたのはもっと後の事だった。
思わず目を逸らし彼女に謝る。俺の声が揺れていたのに気付く。
「……動揺し過ぎ……そんなにわたしの目、綺麗だった?」
「!」
「ね……ね、答えて?」
そして――十六夜はどこか上機嫌で、積極的で。
あの時と同じく展望台で横に並ぶ彼女。
髪留めによってはっきり見える紫色の瞳。
「あ、ああ」
「へへ……そっか」
隣。笑う十六夜は。
もう周囲の目なんて気にしていない。
花火を楽しむ、透明ではない一人の少女に変わっていて。
人に溢れる王都展望台。
未だに俺の背中には、花火の音が広がっていく。
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