決着・邪眼術士
RLには、さまざまな職業がある。
そして中には『隠し職業』とも呼ばれる極稀なモノもある。
実際それは呼ばれているだけで、条件さえ満たせばほとんどは誰でも就けるのだ。その条件が難しいのだが。
話は変わるが……『鑑定士』といえば、このRLにおいて重要な役目を持つ職業の一つ。
素材アイテムを鑑定して隠れた説明文を解明したり、そこから装備作製の為の『レシピ』を生み出したり。
戦闘では敵の弱点を発見し弱体化、味方の補助も出来る便利な職業だ。
だが、案外人気は少ない。鍛冶士や薬士に裁縫士などの実際にモノを作る側に就く者が多いからだ。そもそも生産職自体が少ないのもあるが。
そして――『邪眼術士』。
このPK職がかなりのレア職業なのは、その派生元が原因だろう。
なんといっても前提職業は――前述した『鑑定士』なのだから。
PK向けどころか、そもそも戦闘向けではないそれで対人戦を重ね、悪行を重ね……。
現れるのはその職業。
ニシキの目の前に立っている彼こそが、その『邪眼術士』だ。
☆
(はあ、はあ……何なんだよぉ、コイツは!)
『†殲滅のアバロン†』……そんなレア職の彼は、目の前の武器商人に苦戦していた。
「こんなものか?アバロン」
「……くう!くやしー!!オマエ卑怯なんだよぉ!」
「はは、それは誉め言葉なんだよな」
「あー!!んじゃ剛勇だ!」
「難しい言葉知ってるじゃないかアバロン。それだともっと嬉しいよ、ありがとう」
「……ぁああ゛!!」
「はは」
砂瓶による煙幕。自身の焦りによる視野の縮小。
何といっても――スキルが『読まれて』おり、攻めて来る商人に彼は太刀打ち出来ないでいた。
余裕のあったHPは二割近くまで減っている。
相打ち上等で商人にもダメージを与えており、現在は三割だが……小刀と斧だ。このまま行けば余裕で負ける。
笑う商人に、アバロンは手玉に取られていた。
(おれ、正直ラクに勝てると思ってた)
(でも――コイツは本当に強い。ムカつくけど俺より『上』なんだ。師匠たちみたいに)
(ゲンジツじゃ凄い奴なんだろうな。あっちでも弟子もいっぱいいるんだろうな)
「……」
「……ん?」
アバロンは当初、弟からの願望により『鑑定士』を選択することになった。
しかし彼の性分は生産活動よりも『戦闘』方面だったのだ。
そして子供の頃から自然豊かな土地で過ごしてきた為、アバロンは反射神経に直感力が秀でている。
加えて優秀な静止・動体・周辺視力などなど……『目』の良さはこの世界にも活かされ、戦闘センスはずば抜けて高く。
生産職である鑑定士でも、戦闘職以上に戦えていたのだ。
そこからRLにて『師匠』、『師匠の右腕』に出会い――二人に憧れた彼は『PK職』を倒す様になって。
この職業に転職して、並の者共なら圧倒出来るようになった。
『苦戦』や『逆境』なんてモノは知らない程に。
彼の中には……明確な自信があったのだ。
だが今、それは音を立てて崩壊した。
(おれ、まだまだだった)
(こんな奴らが……師匠たち以外にも、この世界にはいっぱいいるんだ)
(そりゃ……みんな『本気』でやってみたくなるよな)
「……ごめん、ニシキ。先に謝っとく」
「え?」
「『オマエみたいな商人すぐ倒す』とか、『卑怯だ』とか……失礼なコトばっか言って悪かった」
「あ、ああ」
「……おれ。師匠たち以外に、初めてこの『スキル』を使うよ」
アバロンは目を見開く。
格上と認めたニシキを、じっと見る為に。
「――おれもいま、『本気』でやりたくなった。この戦闘を」
「はは、やっぱ手を抜いてたんだな」
「……うん。ごめん。でもこのスキルだけは――『人』に発動したくなかったんだ」
「スキル?」
「ああ。これはきっと『卑怯』で、とっても『怖い』ものだと思うから」
未だに躊躇している様子のアバロン。
それにニシキは、笑って返す。
「はは、それならなおさら自分はそのスキルを受けるべきだな」
「……えっ?」
「『卑怯』な手を使っているのは、俺も同じだろ」
「!」
「だったら――君も容赦なく、俺に『ソレ』をぶつけてみると良い」
「……ああ!ありがとう、それじゃ行くぜ!!」
その言葉で、アバロンは顔を上げる。
そして商人に向けて走りながら――そのスキルを発動する為、彼の目を見た。
「――『
次いで。
彼の詠唱と共に、その左目――灰色の瞳にどす黒く紅い血が集まっていく。
「――!」
商人は、思わず彼の目を凝視した。
赤でも黄でも緑でもない。
『発光』ではない――これは何だ?と。
それは底知れぬ闇。
まるで、『光』を喰らい尽くすかのように。
……そして一秒後。
「――『
そのスキルの発動と共に。
商人の両目から、『光』が消えたのだ。
☆
(せ、成功した――今アイツを倒さないと)
『邪血眼術・天葬』。
十秒以上対象の『顔』付近を見続けた後発動できるそのスキル。
発動に必要な犠牲は、MP、HP半分。
そして……『自身の片目』だ。
それらを払って得られる効果は、対象の両目を10秒間『盲目』に陥らせる強力なモノ。
盲目とは状態異常『暗闇』の上位互換。
対象の視界は全て『黒』になり、見えるのはメニューなどのシステム面のものだけになる。
つまりニシキは、今『何も見えない』のだ。
「――――ッ!!?」
ナイフを掴み振りかぶるアバロン。
きっと目の前の商人はその状況に困惑しているに違いない。
まさかVRの世界で――『光』を失う事になるなんて、と。
そう、そのはずだった。
なのに。
「――『
目の前。
商人は――素早く深く腰を落とし、前に重心を掛けた体勢へ。
目線が真下になるほどの前のめりになり、形を変えた刀を構えていた。
そんな臨戦態勢のニシキへ――思わず彼は足を止めてしまい。
「――!?」
「……はは、これは良いな」
それは、飢えた獣に囲まれたかの様だった。
楽しそうに彼が呟くと同時に――『殺気』が一面へ広がっていく。
『盲目』状態のはずの商人は、覆う暗闇を歓迎するかの様に嬉々として刀を構えていて。
「――覚悟が出来たら来い、アバロン」
地獄の底へ投げかけるような声に――今。
『理屈』じゃない。
自分の先程の行動が、とんでもない悪手であったと『身体』で気付いてしまった。
「……何だよ、コレ……!」
思わず嘆く。
いつの間にか足は震えて、鉛の様に重くなっているのだ。
それは状態異常とかではなく、彼自身の恐怖から来るものだと彼は気付く。
秀でた彼の直感力は――今は枷になってしまって。
「はあッ、はあッ――!」
過去……自然の中で育った彼は、何となく『手を出してはいけないモノ』が感覚で分かる様になっていた。
森の中の毒蛇、熊、大猪。
そんな雰囲気が、目の前の者から感じるのだ。
ゲームのはずのこの世界で。
近付けば――『死』。
彼の中の本能が煩く危険信号を発している。
広大だった視界はもう……商人の持つ刀しか捉えていなかった。
(……い、いやだ。死にたくない。怖い、怖い!)
(もう終わりたい、帰りたい!)
(って違うだろ!――進め、進めよぉおれ!師匠たちに大口叩いてこれじゃあ――)
「っ、く、っそぉ――!!」
重い脚を何とか前に。
ゆっくり、ゆっくりと。確実に進んではいるけれど。
もう――とっくに『10秒』は過ぎてしまっていて。
「――っと。切れたか……!どうした?」
目に光を取り戻した、ニシキが構えのまま前を見れば。
悔しさと恥ずかしさが入り混じった様な……そんな顔をした彼が居たのだった。
「……こんなザマで……なにが『殲滅のアバロン』だよ――っ」
「あ、アバロン?」
彼は未だに地面を眺めている。
戦意喪失――そんな様子の邪眼術士。
HPは半分減って一割。片目はスキルの副作用で今も『盲目』状態。
そして一番の要因は――彼がコレまで逆境を味わった事が無かったからだろう。
苦戦などほとんど無かった対人戦。反則級と思っていたスキルが全く利かなかった事への戸惑い。
露呈した自身の弱さ。
師匠の言葉を聞かなかった後悔。
それらの理由で今、彼の心が折れてしまうのは仕方がない事だった。
「ごめんなさい――おれの負け、です」
王都の決闘場。
絞り出したかのような邪眼術士の声が、静かにそこへ木霊する。
小さな拳を痛い程に握り込んで――やがて少年はその選択を決意した。
《†殲滅のアバロン†様が決闘の降参を選択しました》
《ニシキ様との決闘に敗北しました》
※登場スキル
眼術系スキルは、自身の視界内に対象が居る場合発動・スキル継続となる。
視界から消える・遮断された場合スキルは解除される。
また左目で発動中のスキルがある場合、新たな左目を用いるスキルは発動出来ない。
『
右目で発動。
相手に弱点部位をランダムに表示し、その部位に攻撃するとダメージアップ。
『
両目で発動。
対象に継続ダメージ。ただし発動中自分は他のスキルを発動出来ず、アイテムも使えない。(発動後目が赤く光り、対象にスキル効果付与)
『
左目で発動。
視線の先にある対象の部位を『部位麻痺』状態にする。
(発動後目が黄色に光り、1秒後対象にスキル効果付与。視線の先に何も無ければ発動失敗)
『
左目で発動。
視線の先にある対象の部位によって、特定の状態異常を付与する。
(発動後目が緑色に光り、1秒後対象にスキル効果付与。視線の先に何も無ければ発動失敗)
『
相手の顔を10秒以上見て発動出来る。
自身の片目を『盲目』にし、HP、MPを半分消費する事で対象に10秒間『盲目』効果を付与。このスキルを発動中、他の眼術系スキルは発動出来ない。
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