エリアの願い③
「あ、あ……また……エリアのせいで……」
何とか――ファントムドラゴンがエリアを傷付ける前に辿り着けた。
そのままエリアの身体を退けて、身代わりに。
恐らく牙による噛み付きを食らったせいだろう、その状態異常は。
『おかげ様』で――俺は右腕が動かない。
ついでに言えば、HPもあと5パーセント。
逆境スキルは発動したが不屈スキルは発動してくれない。
黄金の意思の恰好の機会だと思ったんだが、幸運の女神は降りてこなかった。
「エリア、下がっててくれ」
「あ――ごめんなさい、ごめんなさい……」
謝りながら声が遠のいていく。
……彼女と話すのは後だ、今は流石に慰めている時間じゃない。
『SYAAAA……』
「久しぶりだな、この状態異常も」
思えばダスト以来だろうか。
今回はあの時みたいにワザとじゃない。
もう、この『左』にはかなり慣れた。
ここまでしなくても、十分俺は左を使えるようになっているんだが――
『SYA――』
今。
『左』だけになった事で、強制的に『スイッチ』が入った感覚。
心地良いそれ。
景色がゆっくり流れ、大蛇の動きが手に取る様に分かる。
――ゆらりゆらりと動く頭部。
――ソレが見つめるのは俺の雁首。
――あと、13秒で食い付く。
「……」
思考。
俺は、何もせず――大蛇を待つ。
そして。
『SYAAAA!!』
虫の息の俺に噛み付きかかる大蛇。
「『スラッシュ』」
俺は――タイミングを合わせ武技を振るった。
0.1秒の狂いも無いそれ。
大蛇の攻撃が当たる寸前に――俺の武技が、煙へと到達するように。
『SYAAAA!?』
「……ようやく当たったか」
悶える様に暴れる大蛇。
これまでと違う、確かな手応え。
……簡単な事だ。
コイツの攻撃だけが当たるのなら、攻撃の瞬間とほぼ同時にカウンターを当てれば良い。
これは勿論仮説だったが、正解の様だ。
もっと早くすれば良かったな……まあ、今悔いてもしょうがないけど。
『SYA……SYAAAA……』
「おいおい、今度は制限時間まで粘る気か?」
煙のままその場に佇んで、攻撃を行わなくなった大蛇。
この戦法はカウンターが出来なければどうしようもない……でも、仮説は一つだけじゃないんだよ。
「じゃ、試させて貰うか」
――あの時。
エリアが麻痺毒瓶で攻撃しようとした時――確かに、その煙は酷く動じていた。
まるで『ソレ』に怯える様に。その後、俺ではなく彼女に向かった。
その時大蛇は……エリアが『脅威』だと認識したんだ。
彼女の身を挺して与えてくれたヒントは、決して無駄にはしない。
「お前は……コレなら、効くんだろ?」
『SYA……!?』
魂斧を地面へと突き刺し、インベントリからそれを取り出す。
『MPポーション』。それ単品なら何も脅威は無いんだが……重要なのはそうじゃない。
これは、『液体』なんだ。
恐らくコイツの弱点は、『水』……あるいはそれに類したモノ。
そりゃあ勿論仮説だが――
『SYAAAAAAAA!!』
「――らあ!」
どうやら、この焦りっぷりを見る限り当たりらしい。
俺の腕に噛み付きかかろうとする大蛇に――MPポーションをぶっかける。
『SYA、SYAAAAAA!?』
ソレが掛かった瞬間、身を悶える様に蜷局を巻いていく大蛇。
そして――その煙が溶けて姿が露わになっていった。
はは、これなら武技のカウンターとかじゃなく……最初からこうしておけば良かったな。
「――『パワースウィング』」
隙だらけの大蛇に武技を振るう。
ここからも、容赦はしないぞ?
☆
アレからは、大蛇が煙に戻ってもMPポーションなどの液体物をかければ――直ぐに『解除』されていった。
……この煙化?さえ無ければちょっと手強いモンスター程度の感覚だな。
俺自身にHPポーションを使おうとしても怯えていたのを見ると、少し可愛いやつな気もしたが。
「『パワースウィング』」
姿が見えている大蛇に武技を振るう。
これで、終わりだ。
『SYAAAAA……』
《経験値を取得しました!》
《おめでとうございます!クエストボスを討伐しました!》
《ファントムレッドを取得しました》
《クエストが進行します》
《レベルが上がりました。任意のステータスにポイントを振ってください》
☆
「うん、対処法さえ分かれば楽な敵だったな」
倒れていくファントムドラゴンを眺めながら、俺は呟く。
クエスト品も手に入ったし。
初見殺しというのはこういう事を言うのだろう。ゲーム的にしっかり弱点があるのが救いだったな。
「……さてと」
「……あ、ニシキさま……」
「エリア」
「は、はぃ!」
こういう時、何を言ったら良いのか分からない。
一つはっきりしているのは、まだまだエリアは『子供』の歳で、俺は『大人』だという事。
甘やかして好感度を上げるのは簡単だ。
実際これはゲーム、そうするのが正解なのかもしれない。
でも――俺はエリアをただのNPCと考える事が出来なかった。
「エリアは、あの化物にやられるとは思わなかったのか?」
「ごめんなさい、ごめんなさい、つい、エリアはニシキさまを……」
「なあ、エリア」
「……は、はぃ!」
「もしかしたら――この俺の右腕の傷は、『エリアの』右腕に付いていたかもしれないんだぞ?」
「……!う……」
噛まれて動かなくなっていた右腕をエリアに見せる。
血の気が引いた顔をする彼女。
……悪いのは全部劣勢に追いやられた俺なんだ。
そうならなければ、彼女が飛び出す事態も無かったわけだし。
もっと言えば……麻痺毒を渡してしまった責任もある。自衛の為に与えたはずが、皮肉にも彼女へ危険を晒してしまった。
「当たり前だけど、自分の身体は自分のモノだ。でも――『エリアの夢』は、君だけが想っている訳じゃない」
「ぐす……ぇ? 」
「送り出してくれたロアスに、俺も。俺達は皆……エリアが、王都で宝石職人として大成する事を願ってるんだ」
「……!」
「そんな君が、『こんなところ』で怪我して、もしもその手を動かせなくなったら……どうするんだ?」
「辛い、です――うぅ……」
手足をぎゅっと身体の中心に寄せ、泣きじゃくる彼女。
……流石にこれぐらいにしておこう。
俺はボスフィールドから出口へと向く。
「それじゃ帰ろうか。ファントムレッドも手に入ったし」
「……」
泣きながらも俺に着いて来るエリア。
背中越しでも中々に痛ましい。胃に穴が開きそうだ。
係長って凄いんだな。俺には人を怒鳴り散らす事なんて無理だ――いや、アレは別か……
「エリア」
「!は、はぃ」
「きつく言ってごめん。俺の為に、怖かったのに前に出てきてくれたんだろ?」
「うっ、でも――」
彼女に悪気何てものは無いのは分かっている。
俺を必死に守る為に飛び出したなんて、そんな事は知ってるんだ。
だから……少しぐらいは、彼女を褒めてあげても良いだろう。
「――『ありがとう』、エリア。頑張ったな」
「……っ……!に、ニジギさまぁー!!」
出口に向かいながら背中越しに彼女にそう言う。
更に涙の量を増やし、俺へと飛びついて来るエリア。
……幸いまだ、嫌われてはいなさそうだった。
☆
《王都ヴィクトリア・非戦闘フィールドに移動しました》
「……あ、ワープした」
「へぇ? わーぷ、ですか?」
「いやいや何でもない。無事帰ってこれて良かったよ」
ボス戦闘後俺達は道中また同じ道を帰る事なく街へと戻ってきた。
ゲームだから省略されてるけど、こういう事は口に出すモノじゃないな……。
「さて、それじゃ後はエリアの頑張り次第だ」
「そうです!これを師匠の前で加工して完成させれば、きっと認めてくれると思いますです!」
「はは、いってらっしゃい」
「はい!それじゃ――行ってきます!」
走って行くエリア。
……これで、彼女も宝石職人としての一歩を踏み出せただろう。
「――ん?」
あれ。
クエスト達成のアナウンスが鳴らない。
《クエストが進行しました》
「……おいおい、これは――」
「――うええええええん!にじぎざまあああ!」
「はは……」
どうやらこのまま綺麗に終わってくれないようで。
……彼女とのクエストは、ほんのもう少しだけ続くらしい。
□
特殊昇進クエスト『エリアの願い』
宝石職人見習い・エリアの作製した指輪は見事なものだった。
しかし彼女の師匠?候補は未だ認めてくれないようで……
彼女の願いを叶えてあげよう。
上位職への道へももう少しで開けそうだ。
報酬:2000000G
:上位職への転職
:???
クエスト失敗時は再チャレンジ不可
□
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