透明少女の助言
『メール、見たよ……?』
『いきなりごめんな、大丈夫か?』
『……うん、とりあえずデッドゾーン前、居るね』
『ああ。分かった』
十六夜に送ったメールは――言うなれば『果たし状』だ。
『隠密』という点で、彼女はその道の天才のようなもの。
だから……決闘を通して、何とか彼女を見本にそれを習得したいと思った。
この前は打開策を探るのに必死でそんな余裕無かったから。
勿論しっかり勝負はする。瞑想スキルも手に入った事だし……ただ、彼女が受けたくないのなら引く。
再戦を約束している以上、直接教えてもらう訳にもいかないしな――その時は諦めよう。
☆
「あれ……何処だ?」
「……ここ」
「!?」
「へへ、ずっと後ろに居たよ?」
突如後ろに現れる――いや、ずっと居たから違うんだが。
俺が呟いていた声に、笑ってそう返す。
……やっぱり、十六夜のコレは凄まじい。
「全然気付かなかった、ごめん」
「……そんなので、わたしに勝てるの?」
「!」
「へへ、って言ってもわたし、負けてるんだけど……」
長い前髪に隠れた目が、すっと俺を見つめた気がした。
……やっぱり、彼女に失礼だよな。
その隠密スキルを取得したいだけの為に決闘なんてのは。
「ごめん、十六夜。実は次のクエストで――」
俺は彼女に、それを話し始めた。
☆
「……そっか。その難しいクエストには……隠密能力が欲しいんだ」
「あ、ああ。ごめん」
「……へへ。最初からそう言ってくれれば良いのに」
彼女は不機嫌になる事なく、少し嬉しそうだった。
分からないが――それなら最初から言っておけば良かったな。
「……じゃ、わたし今からいつも通りPKする……見てて良いよ?」
「えっ――良いのか?というか大丈夫か?」
「『あの時』も、わたしだけニシキの事隠れて見てたし……これで『おあいこ』」
「あ、ああ……なるほど」
……思いもよらぬ展開だ、まさかPKを生で見れるとは。
これは実際に闘い合うより分かりやすいだろう。
聞きようによればかなりおかしな事をしているかもしれないが――
「へへ、盗めるのなら……盗んでみてね」
「はは、望む所だ」
悪戯に笑う彼女と共に、俺達は戦闘フィールドに向かった。
☆
「んじゃ、私が武器を取り出したら合図だから……」
「あ、ああ」
これ、俺『共犯者』って事にならないか?
まあ良いか……一応PKはゲームの要素の一部なんだし。
犠牲者には悪いが、彼女のプレイングを観察しよう。
ただちょっと離れておこうか――お、ちょうど今十六夜が喧嘩?を売っている所だ。
相手は……三人のPT。
「――今から、わたし、貴方達をPKするけど……嫌なら逃げていいよ」
「は?」
「え、一人?」
「何言ってんだコイツ――おい本当に一人っぽいぞ!」
存在を見せつける様、堂々とパーティーの前に立ったと思えばそう宣言する十六夜。
驚く三人。無理もないだろう。
「い、意味分かんねーけど一人なら負けねえだろ」
「ああ――舐めプのつもりかよ!」
「……じゃ――」
どうやら逃げる選択肢は取らないらしい。
同時に、彼女が小剣を取り出して――『始まった』。
☆
「……な、何なんだよコイツは!?」
「み――見えな……がぁッ!」
遠くには、蹂躙される二人と蹂躙された一人。
翻弄するのは――彼女のみ。
「あッ――」
「お、おい!!うわあッ――」
……終わった。
終始十六夜の優勢のまま、消えるスキルと彼女特有の『隠密能力』で。
恐ろしいのは、最初の一撃から最後まで、相手は彼女をほぼ捉えられなかった事だ。
そして――俺も、それを捉えられなかった。
これまで出会った並の暗殺者は――隠密なんて、言ってしまえば最初のみ。
でも彼女は、終始隠密に徹しているんだ。
そして――俺も、それを捉えられなかった。
「……わ!」
「!?」
「っ、へへ……お、終わったよ?」
俺の前に急に現れたと思えば、口元を手で隠しながら笑う彼女。
……本当に、凄いな十六夜は。
凄すぎて参考にならないってのは、こういう事を言うのかもしれない。
逆に――精神を一定に保てるようになったぐらいで、彼女の技を盗もうとした俺が恥ずかしい。
「あ、ああ……ありがとう」
「……」
「な、何だ?」
「……もう、良いの?」
まるで俺の心情を見通すかのように、彼女はそう言った。
……十六夜は、好敵手と言っても良いかもしれない。
だからこそ、『それ』を言うのは憚られる。
でも――だとしても、俺は頭を下げるべきだ。
俺が、強くなりたいから。あのクエストを超えたいから。
今は――彼女に正直な我儘を言ってしまおう。
「……頼む。俺に『隠密』について教えてくれないか」
「……」
「代わりになるかは分からないが――何でも一つ、君の言う事を聞くから」
「……!な、何でも?」
「ああ――あ、でもこの魂斧だけは……」
それは、俺の持つスキル、全ての情報でも良い。
何なら全Gでも。
でも――この魂斧だけは駄目だ。これは、二人の熊から貰った大事なモノだから。
「と、取らないよ……う、うん。それじゃ、教えてあげる……」
「!本当か!?ありがとう」
「……へへ、あんまり、教えられる事は無いんだけど……うん、行こ」
あっさりとOKを出してくれた彼女に、俺は着いていく。
……何を要求されても大丈夫なよう、覚悟だけはしておこう。
☆
「それじゃ……あのゴブリン、出来るだけ気付かれないよう倒してみて?」
「ああ――『瞑想』」
脱力、そして瞑想。
《瞑想状態となりました》
そのアナウンスを確認して、俺はあの時の様に居合の構えを。
……今は、恥ずかしさなんてどうでもいいからな。
「……よし」
リラックスできた所で、俺はゴブリンに近付いて行く。
そして――
『ギャ……ギャ!?』
「っ――」
斧を振るおうとした瞬間、ゴブリンに感ずかれる。
結局、いつも通りだな……
「『パワースウィング』」
『ギャッ!!』
首元に武技がクリーンヒット。
そして――
「『パワースロー』」
「――ギャギャ!?ギャ……」
《経験値を取得しました》
距離を取り、突っ込んできたゴブリンに魂斧を投げつければ終わった。
「……うん、大体分かったよ。えっと……攻撃するとき、ちょっときもちが強いかも……あと、視線も」
「そう、なのか」
見ていた十六夜がそう言う。
傍から見てそう感じるって事は、かなり強いのかもしれないな……
「……ニシキは、いつも、『急所』を狙ってるよね……殺気を抑えるように次は、わざとそこを外してみて?あっ、あんまり気負わないでね、自然に……」
「分かった」
「ああ……そうだ。後は、攻撃する時に……相手を見ないようにして。目を瞑ってもいいかも……視線は絶対に向けちゃダメ」
「なるほど……」
さっと見ただけでここまでアドバイスが出てくるのは凄いモノだ。
彼女自身その才能もあるが……努力もしてきたんだろう。
「これで大分良くなると思う……攻撃まではほとんど完璧だし……へへ、それにしても変わった精神統一だね」
「恥ずかしいけど、コレじゃないとまだ駄目なんだ」
「……凄く綺麗な構え、だよ。それじゃ……頑張って」
「ああ」
《ゴブリン LEVEL35》
「……ふう」
気を静めて、俺はゴブリンへと歩いていく。
……急所を外して、目標は――いや、そういうのすら考える事が駄目と彼女は言っていた。
これまでずっと、『殺す』という目的があったから、モンスター、人に関わらず急所を狙ってきた。
瞑想が出来たとしても、結局自然と殺意は出てしまっていたんだ。
十六夜の言いたい事が嫌でも分かる。
そんな『攻撃』という行動に、特別性を与えてはいけない。
まるでそれは、地面を歩く様に。パソコンのキーボードを叩くかのように。
日常の――ありふれた、そんな動作のイメージで。
『ギャ……?』
目の前。ゴブリンが背中を向けて鳴き声を発している。
呑気に獲物を探しているのだろう。全く自分に気付く素振りは無い。
俺は――目を瞑った。
そして、蘇る『瞑想VR』の感覚。
あの地獄を克服した今――それは、むしろ。
この暗闇は俺に、『静』を与えてくれる。
そのまま俺は流れるように手に持つ斧を振って。
「――っ」
『――グギャア!!』
目の前。
瞼を開けると――背を向けたまま、吹っ飛んでいくゴブリンが見えた。
《隠密スキルを取得しました》
「……で、出来た……」
十六夜からのアドバイス後――開始一分で俺はそれを習得した。
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