透明少女の助言



『メール、見たよ……?』


『いきなりごめんな、大丈夫か?』


『……うん、とりあえずデッドゾーン前、居るね』


『ああ。分かった』



十六夜に送ったメールは――言うなれば『果たし状』だ。


『隠密』という点で、彼女はその道の天才のようなもの。

だから……決闘を通して、何とか彼女を見本にそれを習得したいと思った。

この前は打開策を探るのに必死でそんな余裕無かったから。


勿論しっかり勝負はする。瞑想スキルも手に入った事だし……ただ、彼女が受けたくないのなら引く。

再戦を約束している以上、直接教えてもらう訳にもいかないしな――その時は諦めよう。





「あれ……何処だ?」


「……ここ」


「!?」


「へへ、ずっと後ろに居たよ?」



突如後ろに現れる――いや、ずっと居たから違うんだが。

俺が呟いていた声に、笑ってそう返す。


……やっぱり、十六夜のコレは凄まじい。



「全然気付かなかった、ごめん」


「……そんなので、わたしに勝てるの?」


「!」


「へへ、って言ってもわたし、負けてるんだけど……」



長い前髪に隠れた目が、すっと俺を見つめた気がした。


……やっぱり、彼女に失礼だよな。

その隠密スキルを取得したいだけの為に決闘なんてのは。



「ごめん、十六夜。実は次のクエストで――」



俺は彼女に、それを話し始めた。





「……そっか。その難しいクエストには……隠密能力が欲しいんだ」


「あ、ああ。ごめん」


「……へへ。最初からそう言ってくれれば良いのに」



彼女は不機嫌になる事なく、少し嬉しそうだった。

分からないが――それなら最初から言っておけば良かったな。



「……じゃ、わたし今からいつも通りPKする……見てて良いよ?」


「えっ――良いのか?というか大丈夫か?」


「『あの時』も、わたしだけニシキの事隠れて見てたし……これで『おあいこ』」


「あ、ああ……なるほど」



……思いもよらぬ展開だ、まさかPKを生で見れるとは。

これは実際に闘い合うより分かりやすいだろう。


聞きようによればかなりおかしな事をしているかもしれないが――



「へへ、盗めるのなら……盗んでみてね」


「はは、望む所だ」



悪戯に笑う彼女と共に、俺達は戦闘フィールドに向かった。





「んじゃ、私が武器を取り出したら合図だから……」


「あ、ああ」



これ、俺『共犯者』って事にならないか?


まあ良いか……一応PKはゲームの要素の一部なんだし。

犠牲者には悪いが、彼女のプレイングを観察しよう。


ただちょっと離れておこうか――お、ちょうど今十六夜が喧嘩?を売っている所だ。

相手は……三人のPT。



「――今から、わたし、貴方達をPKするけど……嫌なら逃げていいよ」


「は?」

「え、一人?」

「何言ってんだコイツ――おい本当に一人っぽいぞ!」



存在を見せつける様、堂々とパーティーの前に立ったと思えばそう宣言する十六夜。

驚く三人。無理もないだろう。



「い、意味分かんねーけど一人なら負けねえだろ」

「ああ――舐めプのつもりかよ!」


「……じゃ――」



どうやら逃げる選択肢は取らないらしい。

同時に、彼女が小剣を取り出して――『始まった』。





「……な、何なんだよコイツは!?」

「み――見えな……がぁッ!」



遠くには、蹂躙される二人と蹂躙された一人。

翻弄するのは――彼女のみ。



「あッ――」


「お、おい!!うわあッ――」



……終わった。

終始十六夜の優勢のまま、消えるスキルと彼女特有の『隠密能力』で。


恐ろしいのは、最初の一撃から最後まで、相手は彼女をほぼ捉えられなかった事だ。

そして――俺も、それを捉えられなかった。


これまで出会った並の暗殺者は――隠密なんて、言ってしまえば最初のみ。

でも彼女は、終始隠密に徹しているんだ。

そして――俺も、それを捉えられなかった。



「……わ!」


「!?」


「っ、へへ……お、終わったよ?」



俺の前に急に現れたと思えば、口元を手で隠しながら笑う彼女。


……本当に、凄いな十六夜は。

凄すぎて参考にならないってのは、こういう事を言うのかもしれない。


逆に――精神を一定に保てるようになったぐらいで、彼女の技を盗もうとした俺が恥ずかしい。



「あ、ああ……ありがとう」


「……」


「な、何だ?」


「……もう、良いの?」



まるで俺の心情を見通すかのように、彼女はそう言った。


……十六夜は、好敵手と言っても良いかもしれない。

だからこそ、『それ』を言うのは憚られる。

でも――だとしても、俺は頭を下げるべきだ。


俺が、強くなりたいから。あのクエストを超えたいから。

今は――彼女に正直な我儘を言ってしまおう。



「……頼む。俺に『隠密』について教えてくれないか」


「……」


「代わりになるかは分からないが――何でも一つ、君の言う事を聞くから」


「……!な、何でも?」


「ああ――あ、でもこの魂斧だけは……」



それは、俺の持つスキル、全ての情報でも良い。

何なら全Gでも。


でも――この魂斧だけは駄目だ。これは、二人の熊から貰った大事なモノだから。



「と、取らないよ……う、うん。それじゃ、教えてあげる……」


「!本当か!?ありがとう」


「……へへ、あんまり、教えられる事は無いんだけど……うん、行こ」



あっさりとOKを出してくれた彼女に、俺は着いていく。

……何を要求されても大丈夫なよう、覚悟だけはしておこう。



「それじゃ……あのゴブリン、出来るだけ気付かれないよう倒してみて?」


「ああ――『瞑想』」



脱力、そして瞑想。


《瞑想状態となりました》


そのアナウンスを確認して、俺はあの時の様に居合の構えを。

……今は、恥ずかしさなんてどうでもいいからな。



「……よし」



リラックスできた所で、俺はゴブリンに近付いて行く。


そして――



『ギャ……ギャ!?』


「っ――」



斧を振るおうとした瞬間、ゴブリンに感ずかれる。

結局、いつも通りだな……



「『パワースウィング』」


『ギャッ!!』



首元に武技がクリーンヒット。


そして――



「『パワースロー』」


「――ギャギャ!?ギャ……」



《経験値を取得しました》



距離を取り、突っ込んできたゴブリンに魂斧を投げつければ終わった。



「……うん、大体分かったよ。えっと……攻撃するとき、ちょっときもちが強いかも……あと、視線も」


「そう、なのか」



見ていた十六夜がそう言う。

傍から見てそう感じるって事は、かなり強いのかもしれないな……



「……ニシキは、いつも、『急所』を狙ってるよね……殺気を抑えるように次は、わざとそこを外してみて?あっ、あんまり気負わないでね、自然に……」


「分かった」


「ああ……そうだ。後は、攻撃する時に……相手を見ないようにして。目を瞑ってもいいかも……視線は絶対に向けちゃダメ」


「なるほど……」



さっと見ただけでここまでアドバイスが出てくるのは凄いモノだ。


彼女自身その才能もあるが……努力もしてきたんだろう。



「これで大分良くなると思う……攻撃まではほとんど完璧だし……へへ、それにしても変わった精神統一だね」


「恥ずかしいけど、コレじゃないとまだ駄目なんだ」


「……凄く綺麗な構え、だよ。それじゃ……頑張って」


「ああ」



《ゴブリン LEVEL35》



「……ふう」



気を静めて、俺はゴブリンへと歩いていく。


……急所を外して、目標は――いや、そういうのすら考える事が駄目と彼女は言っていた。

これまでずっと、『殺す』という目的があったから、モンスター、人に関わらず急所を狙ってきた。

瞑想が出来たとしても、結局自然と殺意は出てしまっていたんだ。


十六夜の言いたい事が嫌でも分かる。

そんな『攻撃』という行動に、特別性を与えてはいけない。


まるでそれは、地面を歩く様に。パソコンのキーボードを叩くかのように。


日常の――ありふれた、そんな動作のイメージで。



『ギャ……?』



目の前。ゴブリンが背中を向けて鳴き声を発している。

呑気に獲物を探しているのだろう。全く自分に気付く素振りは無い。


俺は――目を瞑った。

そして、蘇る『瞑想VR』の感覚。

あの地獄を克服した今――それは、むしろ。


この暗闇は俺に、『静』を与えてくれる。

そのまま俺は流れるように手に持つ斧を振って。



「――っ」


『――グギャア!!』



目の前。

瞼を開けると――背を向けたまま、吹っ飛んでいくゴブリンが見えた。



《隠密スキルを取得しました》



「……で、出来た……」




十六夜からのアドバイス後――開始一分で俺はそれを習得した。

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