落ち着いていく日常





《中華定食(餃子・炒飯・青椒肉絲・スープ)が完成しました!》


《評価――Sランクを獲得しました!》



「……うん、これは良い出来だ。次は――」





《イチゴのショートケーキが完成しました!》


《評価――Aランクを獲得しました!》



「あー、最初の下処理でミスったか……それに最後の仕上げも」



完成したショートケーキを見ながら思い返す。


それは兄さんの好物だ。菓子類、特にケーキは本当に難しい。時間もかなり掛かった。

見た目も味もまだまだだな。



……ただ、これはまだノーマルモード。

仕込みの時間や煮込む時間など、調理者があまり関与しない行動はカットされる。


もう一つ、全てがほぼ現実に寄せたリアリティモードってのがあるんだが――これはまたの機会だ。



「っと、もう出社準備しないと」



時間は、もう朝七時だ。

こうして、早朝に起きてリアルキッチンを起動するのが習慣みたいになっていた。


寝起きのこれは、目が冴えるんだよな。



「……まあ、実際の朝食は質素なもんだけど」



机に並べたご飯、納豆、みそ汁。

さっきまでの豪華なメニューとは全く異なるそれを食して、俺は出社の準備をしていった。


どうせ振る舞う相手もいないしな、はは。



「……」



……会社、行こう。



ゲーム内では左手を使うのに大分慣れたが、現実……特に仕事ではまだ慣れない。


キーボードを打つとかは良いんだが、紙の書類の場合中々大変だ。

基本事務用品って右利き用になってるし。ハサミとか。また買いにいかないとな……。



「……ふう」



仕事が一段落し、息をつく。

ちなみに今はかなりIT化が進み、タブレットやパソコンで仕事をするのがほとんどになった。


……ように思えたが、一周回って紙媒体が見直されていったのだ。

物理的な保管が可能な事、信頼性の高さ……そしてリサイクル技術の進歩。


結果として――今はデジタルとアナログが入り混じっている。

どこかで見たことがあるが、歴史は繰り返すとはこの事だろう。こうして山積みの書類が出来るのはいいのか悪いのか……



「……おい!あの見積もりは――」


「出来てます、メールで送りました」


「もう月末だから請求書の事も――」


「それも上に提出しました」


「はぁ!?チッ――ああ!そうそうこの書類、今日までだから」



「……はい、分かりました」



俺が一息ついた所で、うざったく絡んでくる係長。

繰り返しと言えば……この係長の理不尽な要求も、不思議と最近は慣れてきた。

この人の性格から推測してしまえば、後は前もって準備するだけでいい。


左に戻してから、仕事も効率が良くなった様に感じる。

実際元々右で過ごしてたせいで、今は両利きみたいなもんだし……あの両親には全く感謝しないが。


ちなみに、最後の今日までの書類ってのは予想していたからもう終わっている。

終わっていますなんて言えば、また何か足してくるだろうからな――



「……あ?」


「……なんですか?」


「チッ、何でもねえ――ったく……」



変に素直な俺の様子を見て、少し引っ掛かったのだろう。

何か言いたげだったが、そのまま舌打ちをして帰っていった。


……本当に、この人は大人なのか?



「コーヒーでも飲むか」



嵐(係長)が去って、仕事も落ち着き時計を見れば……もうすぐ昼の三時になるところだった。





「……意外とアリだな」



休憩がてら、いつものブラックとは違うカフェオレを飲んでみる。

苦味だけではない、ミルクの淡い甘みが優しく広がった。


前までは眠気覚ましだけの為に飲んでいた珈琲も、今は味を楽しんでいる自分がいる。

……嗜好品だからな、一応コレは。

それだけ余裕が出来たって事なんだろう――



「――あ、あら!花月君がカフェオレ飲んでる」


「!千葉チーフも休憩ですか?」


「え、ええそうよ……ちょっと疲れちゃって。眠気覚ましに来たの」



チーフという立場にはなった事など当然無いが、日々の彼女の様子を見ていると忙しいのは分かる。


係長が休めばその代行も。中々大変な立ち位置だ。



「あ、そ、そうだー!花月君……」


「……はい?」



そわそわしながら、ポケットの中を弄る彼女。


……そういえばチーフ、珍しくちょっと様子がおかしいんだよな。

何というか、ぎこちないって感じで。



「――こ、これ!」


「え?このカードって……」


「ちょ、ちょっと買うモノ間違えちゃったみたいで……ほら、私RLしないから!」


「え……」



差し出されたのは、『Real Worldギフトカード』。


RLの製作会社であるRealWorld社のVRサービスを購入出来る、いわば課金カードだ。


それはゲームソフトの他、RLの課金アイテムも購入出来る。RealWorld社製、『リアルキッチン』も勿論。



「ほ、ほら!私ドジっちゃって、携帯アプリの課金カードを買うつもりだったんだけどね」


「そうなんですか……でも、流石に悪――」


「良いから良いから!言って五千円分だし、頑張ってくれてるからねニシキ君は!」


「は、はあ……」


「わ!休憩終わっちゃう!じゃあね――」


「あ、ありがとうございました――」



慌ただしく行ってしまう彼女。



「……流石に返すのはなあ……」



ああまで言って渡してもらった訳だし、受け取らないのは失礼か。


RLは課金する気なんてゼロだったが――まあ、使わないと悪いよな。

というか――何で最後、俺の下の名前で……?



「まあ――いいや」



とにかく。


後は終業時間まで突っ走ろう。

甘いカフェオレの後味と共に、俺はまたデスクへと足を運ぶ。



「課金か……」



まさかチーフからカードを貰うなんて思わなかったが。

……また、俺からもお返ししなきゃいけないな。


今回は好意に甘えて、使わせてもらうか。



「よし――っと」



帰ったら課金アイテムの確認と、レベル上げに勤しもう。

帰宅後の楽しみに向けて、俺はまたパソコンを開くのだった。

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