『花月新』⑤


《貴方は死亡しました》

《黄金の蘇生術を使用しますか?》

《サクリファイスドールを使用しますか?》



……『勝負にならない』。


そんな感想しか、出てこなかった。

黄金の蘇生術も使う気になれない程に、あっけない負け。

でも。


――俺は、嬉しかった。


やはり、兄は『最強』なのだと。

ゲームの中でも――それは、変わらない事。


憧れがそのまま――いや、もっと上の次元に居る事が、嬉しかった。



「……そのまま、聞いてくれないか。錦」



復活手段がある為決闘は終わらない。

『降参』を選択しようとした時……死体となった俺に、何時ものように優しい声を投げる兄。


でも――雰囲気は、なぜか悲しいモノだった。




「一昨日のこと。僕は、あるPK職プレイヤーに殺された」


「更に一週間前。決闘で負けた――もっと言えばRLを始めてから、何度も僕は殺された」


「僕より強い人ってさ、大勢居るんだ」




つらつらと、兄は語る。

唐突なそれ。

最初は――脳が、理解を拒んでいた。



「……ごめんね、錦――僕は、君の思っている程に強くない」


「その眼差しはきっと……昔と同じ様、僕――『花月新』を、誰よりも強いと思ってくれている」


「でも――『違う』んだ」



その言葉が、針の様に俺の頭になだれ、突き刺していく。


言い様の無い感情が。

長らく溢れる事の無かったそれが――奥底から湧いてくる。



「それは、現実でも。この世界でも……」


「僕は、『花月新』は――」








「――『最強』じゃ、無いんだよ。錦」








兄さんの絞り出すかのようなその声。

……これは、俺の我儘だ。

彼が――自分の中で、一番強いという事。


だから。

兄さんにはそれは、一番言ってほしくなかった言葉だった。


例え、それが現実でも、ゲームであったとしても。

『花月新』は――俺が最も憧れる人物だから。

子供の頃からずっと、それだけは変わらなかったモノだったから。



《黄金の蘇生術を使用します》


《152142Gを消費しました》


《体力が一定値以下となった為、黒の変質が発動します》



「……なあ、兄さん」


「っ!……何だい?」



黄金の霧が晴れていく中で、俺の身体は復活していく。


きっと、俺の声は震えているんだろう。

大の大人が、みっともない。

いい年こいたサラリーマンが、言っていい台詞じゃない事は分かってる。



でも――



「……例え兄さんが、何と言おうとさ――」



『変質』していく魂斧を握り込む。


目線を彼に。脚を前へ。

変わってしまった兄に、俺は刃を静かに向けた。






「俺の中で、『最強』は――」


「今も昔も……変わりなく、あんたなんだ」


「だから、二度と――そんな事言わないでくれ!!」






子供のような我儘。

それを吐いた後、俺は地面を蹴った。


やり場のない衝動に――震える拳を抑える為に。



「――ッ!!」



変質が終わった『魂斧』……を構えて。



「……っ!」


「らあああああ!」



叫んで、兄へと距離を詰める。


このまま、『普通』の攻撃をしても――きっと通らない。

だから……そのまま、俺は『投げた』。


斧と刀。前者は投擲の予想が出来るが、後者はあまり想像出来ないだろう。

特に――『侍』である彼ならば。



「な――っ!『抜刀』――」


「ぐッ……」



至近距離、交錯。

不意を突いた俺の一投は、兄さんの足に到達し切り裂いた。


同時に――神速の居合が俺の首を襲う。



「本当に、ごめん……錦」



背後。

そんな悲しそうな声を聞きながら、俺は倒れる。



《貴方は死亡しました》

《サクリファイスドールを使用しますか?》



ハンデのおかげだろう、兄の体力は半分程まで減っていた。

それでも――死んでしまっては意味が無いが。




「……会えてよかったよ、『錦』――じゃあね」




小さなその声。

その台詞は、真意か嘘か。

倒れる俺にそう言って、兄さんは離れていく。

ドールを使う気力も、降参を選択する気も起きず、俺は地面に寝そべったまま。




今は、何もしたくない。

今は――何も考えたくない。




《対戦者が場外へと退場しました》


《アラタ様との決闘に勝利しました》




兄との決闘は、そのアナウンスで終幕を下したのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る