『花月新』①



……俺は、『彼』が現れた瞬間から、何も喋る事が出来なかった。


顔を隠している時も――何となく、『中身』は分かっていた。

幼少の頃から聞き続けていた声だというのもある。

でも……それ以上に己の第六感が告げていた。


――彼は、兄の『花月あらた』だと。



「久しぶりだね、『錦』。ずっと会いたかったんだ」



耳に響く音は――昔と同じ様に、優しい声。



『花月家』。

ネットで調べれば、すぐにその名前は出てくるだろう。

花月流、花月流居合道はその界隈では有名だ。


そして――齢二十にしてその流派のトップに立った天才、それが兄。


最後に彼を見たのはもう五年程前だろうか。

俺が家を出て二年後のこと、兄さんは花月流のトップになった。


兄弟といえど、住む世界が違う。

ただのサラリーマンの俺と、刀の道を登り続ける彼とでは。


もっと言えば――その『花月家』と縁を切った俺には、更に関係ないだろう。

しかし幾ら年を経ても、その存在は俺の中にあり続ける。



新兄さんは――俺ので、かつだから。



「兄、さん?」


「ああ。そうだよ錦」



俺をぞんざいに扱い続けた親とは違い、兄はずっと優しかった。

自身の才能をひけらかすこと無く、唯々努力を続けていた。


『天才』、そう呼ばれ続けても決して天狗になる事無く。

時には弱い者には手を貸し、一緒に戦ってくれた……当然、俺にも。冗談抜きに、彼が居なければ自分は死んでいたかもしれない。


そして今は花月流当主。

自分とは真反対と言っても良い程に、輝いている人だ。



「はは……こんな所で会えるなんて――」


「はは、僕もそう思ったよ。たまたまギルドメンバーの子が彼女の配信を見ていてね」


「!ど、どうも……」



ハルに手を向けそう言う兄さん。

……ああそうか、彼女の配信を通じて俺を見つけたんだな。



「……ハル、ごめんな。二人で話をしてきて良いか?」


「は、はい!勿論ですよ!それじゃ……」


「すまないね、ハルさん。それでは」





「……」



未だに実感が湧かないまま、俺は兄さんとラロシアアイスを歩く。

正直……話したい事はあるんだが、緊張して先に声を出せない。



「……僕が言うのもアレだけど、錦のアバターはそのまんま過ぎないかい?」


「は、はは……面倒だし、まあ良いかなって」


「ははは!似た者同士だなぁ僕達は。理由が全く一緒だよ」


「それは無いと思うが……」


「いいや、僕達は兄弟なんだ。そこに間違いはないはずだよ」


「……そうかな」



兄と弟と言えど、もう五年以上は会っていない。

それでも……兄さんは、昔通りに喋ってくれた。

俺が家を出てから、住む世界が異なっても。



「……錦が出て行ってから、もう大分経ったね」


「あ、ああ」


「そっちは元気にやってるかい?市子さんは心配してたよ、君は料理しなさそうだって」


「……はは、料理は最近始めたよ」


「!そうなのか、錦は立派だなあ」



驚いた様に言う兄さん。……少し照れ臭かった。


ちなみに市子さんというのは、花月家の使用人さんの名前だ。

……懐かしい響きだな。



「……兄さんは、どうしてこのゲームを?」


「――ああ……そうだね、稽古の合間に遊ぼうかなって」



俺が聞いた瞬間――ほんの合間。

少しだけ雰囲気が変わったのを感じた。


きっと、気のせいだろうが……



「僕の話は良いよ。錦は確か商人に憧れていたっけ」


「……昔の事だよ。兄さんの職業も何となく予想通りかな」


「ははは、そうかい?」


「そりゃそうだろ、何たって兄さんは……あの花月流のトップなんだから」


「……はは、知ってたのか」


「勿論。ネットの記事で見たんだ。今も、そうなんだろ?」


「……そりゃ――勿論だとも」



ラロシアアイス。

二人して、氷雪が降りしきる中立ち止まった。



「この世界でも兄さんは強いんだな」


「ははは、僕は――『花月流当主』だからね」



俺達は、やがて対面して話す。


その風格とオーラは未だに健在……むしろ強くなっている。


現実では――もはや、相手にすらならないだろう。

一秒。

いや――今の彼なら始まる前から負けるかもな。



「……兄さん、おかしな事を言っていいか?」


「うん?はは、兄弟の間で遠慮は要らないよ」



その返答で、俺は決意した。

手に持つ魂斧を握り込む。


この出会いは、きっと偶然だろうけど。

俺は――その機会を逃したくはない。



『花月新』。



……そんな、『憧れ』に。


……そんな、『最強』に。



商人として――様々なスキルを習得した。

『反射』『高速戦闘』『投擲』……色々な技を得て、PK職に勝ってきた。


モンスター相手にも、立ち回れる様になってきた。

『左腕』を――使えるようになった。


だから。


『今』の自分を――彼に、見せたくなってしまった。

そして……もう一つの理由は、もっと子供っぽいモノかもしれない。



「俺と――決闘しませんか、兄さん」

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