最後のクエスト

『商人』は不遇職だ。



まずこのゲーム……RLには、戦闘職と生産職が存在している。

例えば錬金術師なら生産職。だが、生産職だからといって戦闘が出来ないというわけじゃない。

生産に関しては勿論優秀で、一応戦闘は出来る。戦闘職にはかなり劣るが。


そして剣士なら戦闘職。戦闘に関しては超優秀。だが生産活動は出来ない。

そんな感じで、役割が違ってくるのだ。


そして『商人』は……とにかく『金』に関する事に強い生産職だった。

NPCから何か物を買う時割引きになったり。モンスターを倒した際に落ちる金が増えたり。クエストの達成報酬の金額がかなり増えたり。


サービス開始時点ではかなり重宝された。なんせパーティーに一人商人が入ればそれだけで結構な量の金が増えるからな。

だが時間が経つにつれ……高レアリティのアイテムの登場や武器の値上がりなどにより、ゲーム内通貨――Gゴールドがインフレ。


なら戦闘要員として……といっても、商人は生産職である為戦闘職より戦闘能力が劣る。少しの金を得るか戦闘の効率……どちらを取るかは目に見えて明らかだった。パーティーからの需要はガタ落ちし、かといってソロではかなりきつい状況。


理由として、商人は他の『錬金術師』や『鍛治師』などと異なり、自分から何かを生み出せない職業だ。そして戦闘に関しても他職に助けて貰わないと何も出来ない。そんな状況から商人は『寄生職』と言われ、避けられるようになった。



……RLはキャラメイクと同時に質問をされ、それにより幾つかの職業が抜粋され選択する方式だ。勿論なりたい職業が事前にある場合は、それに近い職業を抜粋してくれる為――希望の職業にはなれる。


しかし、それは『一生モノ』であり、変更は出来ない。

更にサーバー負荷軽減のためか知らないがキャラクター再作成はNG。転職の情報も未だない。

一番最初にそれを選んでしまったら――それで、終わり。


後悔しようにも戻れない。

……再スタートはもう、出来ないのだ。



「ログイン……しなきゃな」



飯を食べ終わり、そのVRデバイスを手に取る。


今の状況。考えれば考える程嫌になるが……やらなきゃ勿体ない。

なんせ大金を注いで買ったのだから。


惰性。

その勢いはもう死んでいるに等しいが。



『「GAME START」』



俺は――電子の海に飛び込んだ。




《ニシキさん、RLの世界へようこそ!》


何度聞いたか分からないAIの声に導かれ、俺はログインする。

花月錦はなつきにしき……自分の名前からとったキャラネーム。



『ニシキさんこんばんは~』



ログイン後、すぐにギルドチャットが流れる。

ギルドマスターである、九さんだ。

彼はこのギルド『一期一会』に、俺を誘った張本人。


ギルド――ギルドマスターをトップに、様々なギルドメンバーが集うチームの様なモノ。

一応俺はそれに所属できている。


しかし――最初の方は自分を含めたギルドメンバー同士でクエストや狩りをしていたが、次第にギルドメンバーが増えていくにつれて誘われることは少なくなっていった。


それでもギルドという集団の中に居れるのは大きい。

こんなゲームでも、何かの集まりの中に自分が入っているだけで嬉しいものだ。

俺は出来るだけメンバーのパーティに空きがあれば、入れてもらうよう自分から頼んで入っていった。



《こんこん丸さんがログインしました!》



『こんこん丸さんこんばんは~』


『ばんわ』


『ばんちゃ!』


『こんこんさーん!』



俺が挨拶を返そうとした矢先、別のギルドメンバーがログインする。

この反応の違い。露骨すぎて悲しみを通り越すよな。



《『九』様からメールが届きました》



「ん?」



久しく聞くベルのような効果音。

九さんからメールが来るなんて、珍しいな……



◇◇◇


ニシキさん、話したい事があるのでギルドホームに来てください


◇◇◇



その一文。

話したい事……なんだろう。


『分かりました、すぐ行きます』――そうメールで返した後、俺はギルドホーム……ギルド専用の集会所の様なものへ出向いた。



「こんばんは~」


「こんばんは、ニシキさん。わざわざすいません」



ギルドホーム……に入ると、そこには中年ぐらいの男性アバター……九さんが居た。

それ以外のメンバーは見えない。



「手短にお話しします。ニシキさん、今までありがとうございました」


「……え?」



理解が追い付かない。

今までありがとうって……まさか。



「ギルドメンバーの定員もほぼ上限一杯で、またギルメンからのもありまして……」


「苦情って、俺の事ですか?」


「はい」


「……そう、ですか」



少し冷静になって、俺はため息をつく。


……はは、そりゃあそうだよな。

だもんな、俺。毎回毎回しつこく寄生してたわけだし。



「それでは」



九さんの淡泊な声と、微妙だが少しニヤついた顔。


。きっとこの人も――俺を邪魔だと思っていた様で。

VRの技術は素晴らしいもんだ。知りたくない事も分かってしまう。


恐らく誘った手前、中々言い出しづらかったのだろう。

それがギルドが大きくなり、『定員』、そして俺への『苦情』を理由に、今日これを切り出した。

俺が居なくなったおかげでメンバー枠が空いて、苦情もなくなる。ハッピーな事しかないな。


クソが。

なんで俺は――ゲームでさえもこんな思いをしなきゃならないんだよ!!



《ギルドメンバー『九』様より、ギルド『一期一会』から追放されました》


《『ラロシア・アイス』に移動します》




そのアナウンスと共に景色がぐにゃりと変わり、投げ出された俺は――やる事もなくメニュー欄を開く。



「……誰もいない、か」



久しぶりにフレンド欄を開けば……当然の様に誰もログインしていなかった。

それもそのはず、俺のフレンドはほぼ全員商人だったから。


ギルドから追放された今、俺は完全に野良だ。

そしてパーティーメンバーの募集に引っかかるわけもない。今や初心者のPT募集にさえも、商人というだけで寄生扱いを受ける。


ソロなんて以っての他だ、格下を延々と殴るだけで効率も悪ければ得るものも少ない。ただの苦行。

こんなにもプレイヤーは溢れているのに、商人はもう――俺だけなのだろうか。



「『ステータスオープン』……はあ」




プレイヤー名:ニシキ

職業:商人


level20


HP:5000

MP:500


STR(筋力値): 20

INT(知力値): 5

DEX(器用値): 25

AGI(敏捷値): 15

VIT(体力値): 5

MND(精神値): 5


ステータスポイント:残り0ポイント


skill:

片手斧level5 察知level10 片手武器level5

交渉術level10 商人の幸運level10  


装備 :鉄装備一式 アイアンアックス

所持品:『始まりの街』『グリーンソルデ』マップ HPポーション(小) MPポーション(小)

所持金:12675640G


取得称号一覧

【富豪】【大富豪】



ステータスは最低限の装備の要求値以外、全てドロップ報酬が増える器用値に振り、スキルも一緒に組むパーティーメンバーの事を第一に考えて取得、育ててきた。


そんな自身のステータスを見て――大きくため息を吐く。

……今まで、ゲーム代五十万円を取り返そうと思って頑張ってきた。このRLを楽しむ為に。


楽しむ為の努力なんて、訳の分からない事をずっと。

自分に似合わず、積極的にパーティーに入ろうとしたり、戦闘も迷惑にならないよう立ち回りも考えてやってきた。


その結果がこれだ。

フレンドもゼロ、PTを組んでくれる者も居ない。


唯一つ誇れるとすれば――現実世界の趣味同様、貯めてきたRLの通貨……『G《ゴールド》』。報酬、アイテムの売却……それをコツコツと積み上げ続けた。

商人というブーストもあって、その額は千万Gを超えている。このゲームの平均所持Gは、確か百万Gで多い方だから……俺は一応かなりの額を持っているのだろう、一応称号も『大富豪』だしな。


実際これをRMT(リアルマネートレード)にでも放り出せば、一万円ぐらいにはなるんじゃないか?……する気はないが。



「辞め時、ってやつかな」



キャラ削除……もしくはキャラ再作成が実装された時、もう一度このゲームを起動しよう。

きっと、その時何とかなるさ。



「……最後に、一度だけ」



最後ぐらいはクエストに――パーティを組んで、ゲームを楽しみたい。



「……募集、あるわけないよな」



メニューからパーティ―メンバー募集……優先職業『商人』。


半ば諦めの気持ちで――昔の様に俺は同職を求め、目の前の検索ボタンを押した。



《優先職業商人で、一件のクエストが見つかりました》




『行商クエストⅠ』


グリーンソルデに居る商人へ、始まりの街の物品を売り渡す。


パーティーメンバー報酬:50000G

 

現在のパーティーメンバー:商人一名

パーティーリーダー   :シルバー




「——嘘だろ!?」


聞こえたアナウンスと現れた画面。


思わず叫ぶ。

……居た。


たった一つの、それ。

もしかしたら、一週間ぶりぐらいに見たかもしれない、『商人』という職業欄。

そして、クエスト名——『行商クエストⅠ』。


『商人専用』のクエストが、そこには見える。



「まじかよ……」



まさか、まだ俺以外の商人と出会う事があろうとは。

俺は自然と——その見知らぬ商人のクエストへ、参加申請を押していた。

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