第33話 創作者ヲ敬ヒ給ヘ

 今日わたしはある人のために橋を渡った。

 朝の出勤途中に。


「ねえ捨無シャムちゃん。さっき、変な所歩いてなかった?」


 職場の顔なじみのビルメンテナンス会社の清掃スタッフさんが、わたしに訊いてきた。どうやら電車の中から見ていたらしい。わたしはそのままを答えた。


「はい。橋の上、歩いてたよ」

「どうして橋の上なんか」

「ちょっとね」


 それは誰にも答えない。

 わたしの根幹にかかわる部分だから。


 それはある小説のクライマックスのシーン。

 この橋から見下ろす河川敷が舞台となった。


 それから大いなる夏でも雪をたたえた連峰と。


 そして中空にあるお日さまとその対面に浮かぶ有明のお月さまと。


「嬉しかったなあ。楽しかったなあ。誇らしかったなあ」


 その人はその小説のために絵を描いてくれたんだ。


 ヒロインが素肌の上に白いワイシャツを羽織り、髪には赤いバンダナ(のような実はバンダナでない何か)を着けてた絵を。


 それから、グレーの眼で何かを見つめる表情を。


 そのヒロインはこのクライマックスの地では、スリットの大きく入った純白のアオザイを着て、本来ならば下には丈短いパンツもおそろいで履くところを履かずにスリットからは下着が覗いて、戦いの為に彼女は走りに走り。


 怒鳴りに怒鳴り。


 そして、勝った。


 勝ったんだ。


 わたしは今朝、橋の上を渡り終えるまでに決断しようと考えてた。


 決断って何を?


 それはわたしにもわからない。けれども、強くこう感じたんだよね。


「言葉では表しきれない何かを絵にする人がいるのならば」


 続けて。


「どうか、大切にしてあげて欲しい」

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