第27話 プリーチャーとフォロワー

 大家さんちは今日が月参り。

 なんとなくわたしも大家さんの部屋の仏壇の前に同伴した。


「跡継ぎさま、今日はよろしくお願いします」

「はい。こちらこそよろしくお願いします」

「あの」


 思わずわたしは訊いた。


「跡継ぎさま?お幾つですか?」

「10歳です」

「・・・・・・・いいんですか?」

捨無シャムちゃん。いいんだよ。立派にお勤めなさるから」


 10歳ってことは小学校三年生か四年生だよね。法衣もぶかっとしててね。

 しかもね。


 女の子、なんだよね。


「父が昨年亡くなったものですから。母とわたしで檀家さんのご供養に滞りないよう勤めさせて頂いております」

「あ・・・そうんなんですね」


 なんだろう。ショートカットが可愛い10歳だけど軽く接しちゃいけないような気がする。本能でそう感じる。

 それが証拠に大家さんが最敬礼をしているのがはっきりと分かる。


「では」


 跡継ぎちゃんは裾を整えて座布団の上に膝を浮かせて、お蝋燭とお線香に火を灯し、足を揃えて正坐した。そのまま読経する。


 仏説阿弥陀経だった。


 韻を踏んだ経典を、掠れていないキーの高い声でかわいらしく唱え始める。


にゃく一日いちにち 若二日 若三日 若四日 若五日 若六日 若七日 一心不乱 ♪」


 リンを鳴らして彼女は読経を終えた。


「跡継ぎさま、何かご法話を頂けないでしょうか?」

「はい。よろしいですよ」


 そう言って跡継ぎちゃんは、くるん、とわたしたちの方へ向き直って正坐し直し、流れるように語ってくれた。


「元祖でおわす法然上人も、親鸞上人も、カリスマではありませんでした」


 ちょっと度肝を抜かれた感じがする。

 いわゆる念仏門の師匠と弟子であり間違いなく英邁のふたりであり、だから『カリスマ』ではないと言われると何か逆説的なことで論旨の展開をして最後にやっぱり圧倒的な人格であったというオチにするのかな、って思ったけどそのまんまの話だった。


「跡継ぎさま、解説をお願いできませんか?」

「はい。法然上人も親鸞上人も徹底して阿弥陀如来さまのフォロワーでおられました」

「ふぉろわー?」


 大家さんが訊き返すと跡継ぎちゃんは丁寧に答えた。


「はい。阿弥陀如来さまの本願でおわす摂取不捨、遍く全員救う、ということをひたすらお六字を唱えることで追い求めたんです。おふた方は教祖ではおわしません。阿弥陀如来さまをひたすらフォローなさったフォロワーでした」

「跡継ぎさま」

「はい。何でしょうか、シャムさん?」

「カルトとは違うということですね」

「その通りです。シャムさんはSNSってやられますか?」

「一応やっています」

「では・・・・・インフルエンサーという方たちがおられますよね。インフルエンサーの方たちはフォロー数0人、フォロワー数10万人、だったりしますよね」

「確かにそうですね」

「それって、ご自身が神か仏になりたい、という本音を宣言しておられるようなものですよね」


 うっ、って思わず呻いてしまったよ。


「信教の自由、と言われますけれども、例えばお釈迦さまや不動明王さまや様々な仏を讃えるようなフリをしながら、その実は虎の威を借る狐のようにして自分自身のカリスマ性を高めて、仏でなく自分自身を崇め奉り信仰の対象とせよと言いたいんでしょうね」


 これが10歳の話す内容だろうか。

 一体どうしたらこんなことが言えるのだろうか。


「先代の遺してくれた詩のような歌のような文章にひたすらすがっている次第です」


 それは跡継ぎちゃんの亡くなったおとうさまの書いた法話のメモだそうだ。単に法話をする時のネタ帳ではなく、月参り作法からお経を覚えることをトレーニングとして自分に課すなどを記した『引き継ぎ書』のようなものだったんだよね。

 だから、わたしは安心した。


 照れくさい気持ちはあるけれどもわたしは跡継ぎちゃんに言ってあげた。


「あなたをフォローさせてください」


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