第3話 醜いことは美しいことだってほんとに分かってる?
多分わたしの癖なんだろうね。どうしても悲しいもの哀れなものひとりぼっちなものに眼が行ってしまう。
そして、とってもセンシティブな言い方になっちゃうけど、醜いものにも。
「おばさん」
「!あんた!わたしのこと、おば・・・・・・さんだよねえ、やっぱりねえ」
「どうしたの?びっくりしたよ、おばさんがカバンを宙空に放り投げてたから」
「ああ。見られちゃったね。ごめんね、落ちて壊れそうなものは入れてないから。ちょっとストレス解消にワザとやってみたんだよ」
年齢がわかんないけど肌の毛穴が年季を重ねてたし、ファウンデーションをバウムクーヘンのひと皮ひと皮のように上手に均等に重ねてるけど皮膚の暗さは隠せない。
だって、ココロも暗いから。
「おばさん。悩みは?ある?」
「そうね。生きてることが悩みだよね」
「わたしそんな風に言う人、好き」
「ええ?」
「だから、おばさんのこと、好き」
「ふ。そうか・・・・・アタシもあんたが好きだよ」
わたしは再会は予感してたんだ。だから初対面の日は路線バスが一番左の車線をバス専用として通勤通学の時間帯だけ大威張りで走る一級河川にかかった大橋のさ、その渡り切ったところ直ぐにあるバス停で別れても名残惜しくはなかった。
「あら」
「こんばんは」
「あんたもこのスーパーを?」
「うん。おばさんも?」
「職場に近いからね。ほら、エコバッグ持参で通勤してるから」
「おばさん、仕事は?」
「ビルメンテナンス・・・・って言ったらアレだけど要は掃除さ」
「ふうん。いい仕事だね」
「そうかい?あんたは?」
「日によって変わるよ」
「?なんだい?それ?フリーターってやつかい?」
「人生がフリーだから」
「へえ。いいねえ」
カートに入れる食材からおばさんの今夜のご飯は豚肉のキャベツ挟み蒸し鍋と見たよ。
「ポン酢で食べるの?」
「ふ。米酢と醤油をブレンドさ。ねえあんた」
「なに」
「アタシの部屋で一緒に食べないかい?」
彼女のワンルームはものすごく整理整頓されてて、それだけでわたしは嬉しくなった。
住む場所が清くて潔いんだよね。
だから、ココロは暗くても淀んでいない。
不平不満を言ってるようで、人を恨んでない。
「ごちそうさま。洗うよ」
「悪いねえ」
「一宿一飯の恩義、じゃなかった、一飯の恩義か」
「一宿一飯じゃダメかい?」
泊めてもらった。彼女は布団を自分の分の他にもう一組持ってたんだ。
早くに就寝した。彼女は朝早いからって。
「おばさん。眠れないの?」
「うあ・・・・ああ。ごめんねえ、せっかく若くてきれいなあんたみたいな女の子が泊まってくれたのに」
「おばさん、名前は?」
「あんたが教えてくれるなら・・・・・わたしの名前は
「綺麗な名。わたしはシャム」
「シャム?猫みたいだねえ。どんな字を書くんだい?」
「『捨てること無し』、で
「・・・・・わたしは捨てられたんだけどねえ・・・・・」
「夫?」
「ふ。『夫』かい・・・・そうだよ、ダンナだよ」
「この布団、夫のやつでしょ」
「そう・・・・そうだよ」
「男の匂いがしたから」
「えっ・・・・・あんた男の匂いなんて分かるのかい」
・・・まあね・・・
「あっちも『おじさん』になってるだろうねえ。嫌だったろう、見ず知らずのキモい男の布団でさ」
「別に。女だろうと男だろうと処女だろうと童貞だろうと寝床なんてものはそいつの『念』が染みついてるから五十歩百歩。セレブなホテルのスゥイートのベッドだって気分良くない」
わたしはそう言った後で、わたしが生まれる前からずっと世話になってるある女性が言ってたことをそのまま教えてあげたんだ。
何かっていうと、夫婦であろうと男女は同じ布団で寝ちゃいけないってことをね。
「あんたそう言ったって、する時はどうすんだい?」
「その時だけ一緒の布団で。終わったらさっさとそれぞれの布団に戻って」
「なんでだい?」
「お互いの寝息を吸うと『気力』が削がれるんだって。だからアメリカの映画でダブルベッドを観ては『こういう文化を取り入れちゃダメだ』ってしつこく言ってたみたい」
「そのひと、あんたのなんなんだい」
「多分、わたしのほんとうの親」
そう。
戸籍上なんかじゃなくって、ほんとうのね。
おばさんは二時間経っても眠れなかった。
「抱いてあげようか」
「えっ」
わたしの方から彼女の布団に入ってあげた。右側の掛け布団の側面にわたしの素の右つま先を最初に差し込んで、それから膝を。
膝を入れる過程で、おばさんが貸してくれたパジャマのズボンが、わたしの太もものあたりまでめくれた。
「ああ・・・・・」
おばさんは猫の年齢に換算したら老猫かもしれないけど、とてもいい匂いがした。
そりゃあ、加齢の匂いは微かにするよ。
でも、汗の香りすら、毎日を今の年齢まで積み重ねてきた層になった年輪からする木の香りみたいだったよ。
「ぎゅう、ってしてくれない?」
「いいよ」
彼女の言い回しが急に若返ったような気がする。
いつの間にか彼女は脱皮するみたいな感じで服を脱いで完全に裸だった。
いいね、その脱ぎ方。
わたしも真似してズボッ、て上は肌着ごと、下は下着ごと脱いで、やっぱり素足のつま先で抜け殻の服を布団の下の辺から外に押し出した。
「ぎゅーって、して」
「してるよ」
「もっと、して」
わたしの方が随分背が高くて、彼女の顔はわたしのちょうどふくらみの真正面にあって、多分わたしの胸のあの匂いを嗅いでいるんだろう。
彼女の望み通りに、腰椎が軋んで骨折するぐらいに抱きしめてあげた。
「ああ・・・・・・ああ・・・・」
彼女は、確かに、生きてた。
・・・・・・・・・・・・・
一週間してから、わたしは一級河川にかかる大橋を渡り切って直ぐのそのバス停に行ってみた。
行く途中、『芝桜』って単語をスマホでタップして見ながら歩いた。
『ビルメンテナンス会社の社員、遠藤
かわいそうなんて当たり前の言葉は言えないね。
でも、わたしは彼女の、ビルメンテナンス会社の社員、ていう属性が大好きだな。
ほんとに、好きだ。
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