第2話 苦しみすら楽しくできるのさ

 あ。


 痛がってるね。


「ねえキミ」

「えっ」

「お姉さんが『痛いの痛いの飛んでけ』してあげようか」

「い、いいです」

「OKってこと?」

「ノ、NOです」


 ふふっ。


 深層の精神は欲しがってるよね。


「ほら、こういうのはやって貰って損がないから。痛いの痛いの成層圏の彼方へ飛び去ってしまえ!・・・・・・・はい飛んだ」

「う・・・・・あの・・・・・」


 お姉さんって自称したからこの男の子にはそう見えるだろうね。わたしの方はこの子の実年齢程度はお見通しだけどね。


「さて中二くん」

「え!なんで分かるんですか?」

「分からいでか。中二臭が香り立ってるよ」

「す、すみません」

「それで?どうして胸を押さえてしゃがんでたの?持病?」

「い、いいえ」

「じゃあ外部からの攻撃だね。相手はひとり?」

「・・・・・ふたりです」

「隷属してるのかな?フィジカルないじめとメンタルないじめとミックスと、って感じ?」

「は・・・・・い」


 素直だね。腹黒くないと生きられない世の中だからかわいそうな一生だろうね。


「どうして欲しい?彼女にでもなってあげようか?」

「そんなことできるわけない」

「どうして?」

「美人だから」

「キミだって美男じゃない」

「どこが」


 ここが、って言ってわたしは鼻を中指と親指とでつまんであげた。


 え?なんで人差し指じゃないのかって?


 だって、中指の方がエロティックだから。


「鼻が美男・・・・ですか?・・・・」

「そう。人間なんてパーツの塊。ううん。もっと言えば細胞の寄せ集めだからさ。細胞の一個一個をバラして見れば全員キモいもんでしょ?」

「ふ」

「お。笑ったね?」

「だって、お姉さんて面白い」

「ねえ考えておいてよ。わたしを彼女にするって話」

「ホンキなんですか?」

「こんなこと冗談で言わないよ」

「・・・・・もしほんとうにお姉さんが僕の彼女になったら、どうなるんですか」

「何をするか?ってこと?」


 頷く代わりにこの子は目を伏せた。


 かわいいね。


「なんでもするよ」

「なんでも?」

「そう。なんでも」


 次の日、やっぱり同じスーパーの駐車場の裏側の方に行ってみた。昨日よりも5分早く。


「おー、やってるねー」


 あの子の前には同じほどに凡庸そうな男子がふたり立ってて、わたしにいじめの現場を目撃されてうろたえている。


 かわいいもんだね。


「頭いいね。肋骨だと外傷が残らないし、その割には何日も息苦しいままにできるし。姑息姑息」

「い、行こう」


 まあこれが普通だよね。


 いじめてた側の男子ふたりが『なんだお前!』とか言ってわたしにエッチなことでもやり始めるのなんてくだらない小説の読み過ぎだろうからね。


「さて。今日も胸が痛いね。あ、なんかいじめで痛いのにロマンティックな言い方してごめんね」


 それからわたしはまた強引にやってあげた。


「痛いの痛いのコンクリートのおもりをつけて海溝よりも深く沈んでしまえっ!」

「う」

「あれ・・・・・・今日は笑ってくれないんだね」

「夕べ考えたんです。もし貴女が彼女になってくれたら僕はもっと辛い毎日だろうって」

「どうして」

「だって、いつ捨てられるか分からないから」


 だから、捨てないって言ってるのに。


「どうすれば分かってくれるかなあ」

「いいんです。やさしくしてくれて嬉しかったです」

「ならさ。こういうのどうかな?」


 わたしは右拳をノーモーションでその子の顔面に向けてスウィングした。

 その子はいじめに遭っていた時のようには目をつむらなかった。


 わたしの拳は彼の柔らかな髪の上に達し、髪の毛を何本か、昨日鼻をつまんだようにして中指と親指とで抜いた。


「キミの髪の毛を一週間捨てずに持ってたら分かってくれる?」

「貴女の髪とすり替えてるかもしれない」

「ならね」


 わたしは自分の髪を抜いた。

 わたしのも中指と親指を、きゅーっ、と力を込めてつまんで。


「はい。わたしのあげる。わたしの髪を知ってたらすり替えた時に分かるでしょ?」

「は、はい・・・・」

「わたしの髪で夜にエッチなことしててもいいよ?」


 一週間の間、わたしは退屈だった。

 こう見えても一途だからね、つまみ食いとかしないんだ。だから一週間、コーヒーだけ飲んで過ごした。


「おり?」

「あ」


 スーパーの駐車場にはいじめ野郎男子ふたりだけだ。


「彼は」

「え・・・・その・・・・」

「彼は」

「あの・・・・・入院しました・・・」

「入院?あんたら、もしかしてまともに殴ったの?」

「ち、違います!精神病院に入院しました!」

「・・・・・・・・・・・・・・あ?」

「そ、その・・・・・・なんか長い髪の毛持ってたからキモいってクラス全員で取り上げて、ゴミ箱に」

「捨てたんだ」

「は、はい・・・・そしたらアイツ、ゴミ箱漁って髪の毛探して・・・・だから、ゴミを二階からぶちまけたらアイツ机を持って振り回して暴れて・・・」

「ふうん。それで?」

「机で男子2人と女子2人の脚と手の甲を骨折させて・・・・パトカーが来てアイツを連れてって、その夜に精神病院に入院させられたって・・・・」

「捨てたのか」

「え」

「わたしの髪を、オマエら捨てたのか」

「あ、あなたの髪だったんですか?」

「わたしが絶対に捨てない女なのに、そのわたしの髪の毛を、オマエらが捨てたのか。オマエらごときが」

「す、すみません・・・・」

「ああ。すまないよ」


 どうしてやろうか。

 こうしてやろうか。


「・・・・・?・・・・えっ?」

「視界が斜めでしょ」

「え・・・・・・・なんで?なんでなんで?」

「な、なんか、左側が・・・・えぐれてるし・・・・・・オ、オレンジの光が!」

「ふたりとも、両眼の眼球の位置を右30°ズラして固定したから」

「えっ!?」


 ふふっ。見た目でも分かるよ。

 真正面のアングルなのに、横目向いてるみたい。


「こ、これ、あなたが?」

「そうだけど」

「も、戻してください」

「いやだよ」

「も、戻せ!」


 わたしは右拳で胸板を打ち抜いた。ふたり連続で。


「コ・・・・・コ・・・・・」

「息できるでしょ?」

「コ・・・・・・ホ・・・・・コ」

「ほら行けよ」

「な・お・し・て・・・・・・」

「あのね。アンタら。わたしは決して捨てるんじゃない。リリースするんだよアンタらを」

「コ・・・・・・ホ・・・・・コ」

「釣った魚をキャッチ・アンド・リリースなんて言ってるけど、一旦針で口やら喉やらえぐってベタベタ鱗を触った魚が、海に戻ったって五体満足に生きてける訳じゃないでしょ?おんなじだよ。アンタらもフグ・・・・・じゃなかった、不具となって世の中の荒海で生きていきな」


 わたしはそのままふたりを放ってさっさと歩き出した。


 声も出なくてすすり泣いてるみたいだけど別にいいよね。


 それより、あの子が退院して来た時、ちゃんとあの子の髪の毛を見せてあげないと。


 疲れたな。部屋に帰ってコーヒーでも飲もう。

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