囮と子爵令嬢
もっとも、世界的に流通しているのは飛空艇と呼ばれる、もうすこし丁の字のようなものだった記憶があるが。
「あれを王国が寄越した、と?」
でも、王国では空軍はおろか、王族ですらも空に関する技術を持つことを帝国から禁じられていて、天高く往くそれらを見かけたことはあっても身近に見たことすらない。
王族に近いサラですらそれなのだから、アイラたちは言わずもがなだ。
「そこはよくわかりませんが、これには関わっているようです。すでに先日、あれからの使者がこの船にやって来たのだと、先ほど聞きました」
「使者、ね。あんな天空とこんな海上の間を使者が行き来できるなんて、信じられないけど。そうなると、私を引き渡せなんて理由ではなさそうね」
サラの意外な発言を耳にして、エイラは首を傾げた。これは自分たちを引き渡すための、アルナルドがやったことではないのかと思っていたからだ。
「それは何故?」
「だって、アルナルドが悪いことをするときは、必ず二段重ねだからよ。最初に、こっちに接触して、その裏で大きな悪事をするのがあの人のやり方だから。でも、昨日から一度もやってきてないでしょう? それにあの音はどこからしたの?」
「同じ船団の、別の戦艦だという話です、サラ様」
「やっぱり、ね。ちなみに、旗艦であるこの船は、なぜか船団の真ん中にはいない……でしょ?」
「確かに、言われてみればそうですね」
「つまり、囮を用意しないといけないことになった。ということじゃないかしら。あの飛行船の使者をうまく利用するためか、それとも――」
生け捕るか、何か。
ここは情勢が分からないけど、アルナルドの指示に従いましょう。
そう言い、サラは眠たそうにあくびを一つしたのだった。
さっきまでここを抜け出そうという話をしていたのに、この判断は本当に間違っていないのかしら。
事件の発端を持ち込んだ張本人は、待つなら仕方ないわとソファーに座りこむと主人のクッキーをいくばくか頬張りながら、紅茶をすする。
エイルとサラはその仕草に、呆れつつ一番危険に敏感な彼女が落ち着いているのを見て、心のどこかでほっとしたものを覚えていた。
「旗艦と僚艦を入れ替えたということは、やはり囮なんでしょうかねえ」
まるでこの部屋を軽食コーナーか何かと勘違いしているのではないのかと、サラはアイラを見ていぶかしむ。
「……貴方くらい図太かったら、スパイでもなんでも務まりそうね、アイラ」
「このままロイズ殿下の元に妾として差し出しても良い働きをしそうなものですが、お嬢様」
「好き勝手言い過ぎですわ、お嬢様にお姉様まで。あたしはそんなに安い女じゃないですよー。それに、もう処女ではありませんから、無理ですね。エイル、もですけど!」
「アイラ!」
姉の叱責に妹は小さく舌を出して逃げた。サラは二人ともに自分がまだ未体験な世界を知っていると聞いて、いきなりのことながら別世界の人間を見るような目つきで彼女たちを見てしまう。
「……みんな、それなりに経験していたのね。どこで男性と知り合ったの? 同じ使用人たち、それとも……?」
いま、そんなことを気にしますか? 姉のエイルは呆れた口調になりながらも、妹と顔を見合わせる。
調子に乗ってまだクッキーを盗もうとしたその手を、サラにしたたかに叩かれながら、アイラはいてっ、と返事を返していた。
こういう話題になると冷静なエイルは意外にも奥手になってしまう。そんな姉を見て、アイラは仕方ないな、と口を開いた。
「あたしたち、騎士団の軍学校にいたでしょう、お嬢様?」
「そう……ね」
「騎士の従僕ともなると、主人の世話は当たり前。下着洗い、食事のお世話に――夜の相手まで。まあ、普通なのです。そんな感じかな」
「そんな感じって、それでいいの貴方たち! だって、二人とも騎士とはいえ貴族の娘なのよ? アントワープ家はどうするの!?」
サラはあり得ない話だと悲鳴に近い声を上げた。
このままだと、自分たちを見習いに出した父親までがいずれ叱責を受けそうでまずい。
そう思ったのか、黙っていたエイルが恥ずかしそうに頬をどこか赤らめてサラに言葉を発した。
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