逃亡前夜

「アイラ? エイル? これはどういうことか説明しなさい」


 命じても集まらないのは仕方がない?

 そんなことを許していては何も始まらないじゃない。

 あいまいな言い訳とともに御前に行けませんと返事を寄越したバーディー・ハルベリー中級師。

 彼だけならともかく、その妹まで来れないというなんて。

 サラは朝から微妙な不機嫌を保ち続けてきて、そろそろ我慢の限界だった。


「はい、お嬢様。これはアイラの問題かと」

「お姉様!?」

「そうね、エイルの言うとおり、アイラの問題だと思うけど、まあ――いいわ。あの兄妹揃ってこの部屋に来れないとはどういうこと?」


 それは、と姉妹は顔を見合わせて困った顔をした。

 どうやら言いづらい内容らしい。

 サラが受け取った返事は、任務にて、というものだった。

 アイラが言いなさいよ、とエイルにせかされ、妹はおずおずと口を開いた。


「その――次に航路に乗り換える王国の港は、その国土から少しばかり離れた島にあるらしくて、ですね」

「それで?」

「飛行船に乗り換えるものですから、それの手配と物資の補給にだとか」

「アルナルドには話を通していたのに?」

「……殿下は、そちらを優先するようにと」

「本当に?」


 侍女たちの目は語っていた。

 それは違う、と。

 サラはなんとなく背後に別の思惑があることを察する。

 つまり、アルナルドの意思を越える誰かがこの船にはいる、ということだろう。

 もしくは、彼の権限を代行した誰かがいるか。


「お嬢様。しばらくは、その――帝国に着くまでは静かになさったほうがいいかもしれません」

「そうみたいね。……私は都合のいい取引の道具といったところかしら?」

「そこまでは分かりかねますが……どうなのお姉様?」


 アイラの問いかけにエイルは顔を曇らせた。

 王国も帝国も、四方にはまだまだ敵がたくさんいるようだ。

 こんな海の上にいたんじゃ、逃げることもできない、か。

 自分は自由を拘束された身なのだと、サラは納得する。


「アルナルドはこの船にはまだいるのかしら? エイル?」

「まだいらっしゃるようです、お嬢様。でも、よい状況ではないかもしれません」

「どうしようかしらね?」

「船を替える際に、別方向に移動することは出来るかもしれませんね。でも……」

「それだと、どうなりそう?」

「アルナルド様をあきらめることになるのでは?」

「……彼には帝国のお姫様がいるでしょ?」

「お嬢様? 大魚を逃がすのですか?」

「エイル……。魚はもういいのよ。それに王国のレイニーを釣り上げてからどうにも運が逃げていった気がするのよ、どう思うかしら?」


 黒と赤の毛並みをした侍女たちは、まるで猟犬のように面白そうに笑っていた。


「なら、サラはどうしたいの?」

「私は取り戻したいわ、アイラは?」

「お姉様とお嬢様に従います。どうせ、あたしは最後まで損をする役割ですから」


 どの口が言うのよ? サラとエイルは口をそろえてアイラをにらみつけた。

 あたしは悪くない! そう叫ぶアイラに先に口を開いたのはやはりサラだった。


「そう、まあいいわよ。こうなったきっかけはアイラだし、何より――その口の軽さが今回はいい結果になるかも、ね?」

「……ひどいですわ、お嬢様」

「いいから、これから何をするか考えて行動しなさい。航路を継続するにしても、空路に移動するにしても、もう……アルナルドは頼れないし。頼れるのはあれだけじゃないの?」

「金貨です、か」

「そう。現金ではないけど――でも、紙って便利ね?」


 そう言いながら、サラは数枚持ち込んだ絵画を指で示した。

 裏側には帝国内であればどこでも換金できる証書が入っている。

 それが最後まで自分たちを救うはず。

 やっぱりじいやの先を見通す眼は確かだったわね。

 アルナルドももう少し自分に厳しくあって欲しかったけど、逃げる女ばかりじゃつまらない。


「ではお嬢様。島につけば移動しますか?」

「目立たない姿でね、アイラはどこまでもドジだから」

「……ええ、かしこまりました」


 いい逃亡先があればいいんだけどね。

 サラはそうぼやきながら、一人、この船での最後の夜を楽しむのだった。



 

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