侍女たち


「何もなさらなかったの、お嬢様?」

「何も出来なかったの」

「もったいない」


 そんな受け答えをしてくるのは、王国から連れて来た侍女たち。

 子爵家に仕える騎士の家柄の長女と次女、アントワープ家の姉妹だった。

 長女のエイル。

 サラよりも黒髪、黒目で母親に似たのだろう東洋の面差しがある。

 几帳面で生真面目で、それでいてたまに冒険心を持つ勇ましい十七歳。

 次女のアイラ。

 赤毛に黒目。こちらは父親似で王国風の彫りの深い面差しがある。

 男勝りで剣などの腕も立つ。アルナルドが手合わせをして引き分けるほどだから、護衛としても悪くない人材。

 十六歳。

 二人とも三年ほど、騎士団の従僕として従事もしていて、男慣れもしているからか、恋愛に関してはサラへの口撃が止まないのがたまに傷だった。


「もったいなくありません! 早く寝間の準備をして頂戴」

「はいはい、サラ様にはかないません。それでも、お酒をそこそこ飲まれたのね」

「それはアルナルドが飲んだのよ。私は水だけ」

「へえ……。殿下が」


 アイラが驚いたような声をあげた。

 何故、そう問いかけるとエイルがまだ半分以上残っている酒瓶を持って、サラに見せつけた。


「蒸留酒。ワインとはまた違った、酔いの足の周りが早い度数の高いお酒です。つまり、素面でいられるなんて」

「殿下も相当、お酒に強いのか。それとも、酔い損ねて戻っていったのか、ですかね」


 侍女、メイド。 

 呼び方はそれぞれあるだろうが、藍色のワンピースだけの二人は立ち居振る舞いに気を付ければ、この船の上客にも見えないこともない。

 そんな淑女たちが口をそろえて言うのだから、サラはいい加減、このやり取りが嫌になっていた。


「貴方たち、主人に不名誉な女になれと言いたいの!?」

「不名誉とは言わないけど」

「でも、レイニーを使って王太子殿下から逃れた方法を実行した時点で、もう冷酷無比だってことはみんな知っていますわ、お嬢様」

「アイラ。その毒舌を吐ける舌を抜き取ってやりたいわ」

「まだ毒は入っていませんよ、サラ?」

「……アイラ。ここでアルナルドに抱かれても問題がめんどくさくなるだけよ」

「? というと?」


 サラの湯あみなどを手伝いながら質問する妹に、姉が止めなさいと制止する。

 問題が悪化するかどうかは、確かに一考の余地があるものだからだ。


「アイラ、分かるでしょう? サラは――いえ、お嬢様は」

「サラでいいわよ。三人の時だけは」

「では――それで。……サラはアルナルド様から正妃にと望まれたわけでも、側室と言われたわけでもないからよ。帝国に行けば、皇族の端に連なるでしょう? それに順位は低いけど、帝位継承権をサラは持ってるって執事様も言われていたわ」

「ああ、そういうこと?」

「理解しているかは謎だけど、ここでアルナルド様の側にいることを誓うのは、ね? 帝国に行って、もしどこか他所の国の王妃や誰かの妻になれと命じられたら、サラには断れないじゃない」

「でも、それを回避するためにアルナルド様はサラに求婚したんじゃ……」


 誰かいまは見えない女性に気兼ねしたんじゃないのかしら。

 エイルはそう言い、サラの濡れた髪をタオルで拭きしめりけを取り始めた。

 アイラもは別のタオルでサラを拭き始めるも……。


「アルナルド様、二股だったんだ? まだロイズ様の方がそういう意味じゃ熱心だったかもね。暴力奮う男は最低だけど」


 そうぽつりと漏らすから、サラは重い溜息をついてしまった。


「アイラは誰の味方なの? そんなにロイズの外見が好みなら、いまからボートで一人王国に戻ったらどう?」

「そりゃ外見は……美男子でしたから。ああ、もったいない。でも、あの男はだめです。無理、他の女を大事にして恋人を見ないなんてあり得ない。こんなにサラは綺麗なのに」

「お世辞は何も生まないことを知っている? 船内でどこかの殿方と恋愛になったり、しないようにね」

「見抜かれてる……」

「そりゃそうよ。産まれてからずっと一緒にいるようなものだもの。だからこそ、じいやも側に貴方たちをつけてくれたと思うけど。アイラはエイルほど賢くないから困るの」


 赤毛の侍女はしゅんっとなってしまった。

 虐めるのはこれくらいでいいかな? そう思うとサラにも少し笑顔が戻る。

 エイルはそれを見て、良かったと表情を緩め……そして、サラの変化に気が付いた。


「サラ、これって?」

「指輪? 一応はつけておかないと困るでしょ? 王国の軍船が検問で調べに来てもアルナルドの身内と言えば手出しができないでしょ」

「その言い訳がどこまで続くかですけど」

「そうねえ」


 と、サラはアルナルドが座っていたあの長椅子に目をやった。

 西の大陸の皇女殿下。

 そんな存在、いたとは知っていたけどいざ現実になってみたら心をざわめかせる。

 

「セインスで空路に乗り換えるらしいわ。そこが最初の難関かな。二人とも無事に帝国入りできることを祈りましょう」


 航路から空路へ。

 中継点のセインス王国はサラのラフトクラン王国とは――親密ではないが仲がいい。

 帝国の威光がどこまで通用するか、サラには読めない難所だった。

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