幽閉 


 レイニーが最低限の荷物と共に子爵家を訪れたその日。

 長らく使われていなかった、子爵家のとある部屋は久しぶりに息を吹き返していた。

 サラの望むことはレイニーのまだ助かるはず、自分はロイズに愛されているから誰よりも優位なはず。そんな仮想にしかすぎないものを打ち砕くことだった。

 母親になるレイニーにとって、お腹の中の子供は何よりも愛おしいだろう、その子供を守る為ならばどんな要求にも従ってもらう。

 それがサラが持ち出した、レイニーと生まれる予定の子供を守るための条件だった。


 その重苦しくも威圧のある音が室内に響いた時、彼女の心にも同じような閉鎖感が訪れたはず。

 サラは手にした冷たい重厚なそれを手に、相手を見下ろしながら勝利の余韻に浸っていた。

 

「どう? もう二世紀は使われていなかったその部屋、貴方の為に内密に手入れさせたのよ。……レイニー?」

「この手に剣があれば刺し殺してやりたいくらいよ、サラ……義母様」


 思った通り、侯爵令嬢は悔し気にサラを殺してやりたいと視線で射抜いてくる。

 しかし、彼女は知らないのだ。

 出産まで最も無事に過ごせる場所がここしかないことを。


「そう。それは怖いこと。同年代の子供をしかも、子を孕んだ女を養子にするなんて、私も血迷ったかしら」

「多分、正解よ。この人間のクズっ!」

「ありがとう。最高の誉め言葉だわ。負け犬はそこでせいぜい吠えていなさい」

「なんて酷い女なの……ロイズの愛を奪われたからって、ここまですることないじゃない! この子は無関係なのよ!?」

「だから……貴方は誰にでも利用されるのよ、レイニー。どんな男性にもね。ここは王国なの、いかに我が家が子爵家から公爵家に返り咲いたからといって、何かが大きく変わったわけでもない。誰の目にも止まらず、静かに出産ができる場所は国内でも数少ないと理解して欲しいわ。ただ……貴方に自由は与えないけど」


 鉄の輪に通された数本の鍵を見せびらかすようにして、サラはそれをレイニーの手が届かない地下室の壁にかけてしまう。

 地上から差し込む光ははるか頭上にある灯り取りだけ。

 中には粗末なベッドとテーブル、本が数冊と着替えは入った洋服ダンス。

 かび臭いその部屋の鉄格子一枚隔てたサラのいる側には番人と呼んでもいい、子爵家に忠実なメイドが二人。

 これから出産を控えているレイニーへのサラからのせめてもの贈り物だった。


「これから」

「何?」

「これからっ! どうしてくれると言うのよ? こんな部屋に押し込めて子供まで殺す気なの……?」

「まさか。大人しくここにいてくれるなら、特に何もしないわ。貴方には子供を産む道具として、その子供は……さあ、どうなるかしら?」

「嘘つき! 助けてくれるって言ったじゃない!!」

「助けるわよ? 陛下からの刺客から守ってあげる。貴方が役に立つ間はね?」

「ロイズがこんな暴挙を許すはずがないわ……」


 力尽きた人形のようにベッドにしゃがみ込み、そのまま肩を落として泣くレイニーは、男性が見たらさぞ保護欲をそそられるだろう。

 あいにく、同性のサラには効果がなかった。それよりも自分の婚約者がこんな情けない女にちやほやと愛想をふりまく様を思い出して怒りが沸いたほどだ。


「でも、レイニー。貴方、殿下には言わなかった。いいえ、言えなかったのよね? ロイズはいま大事な政争の時期。兄上様方を蹴落としたとはいえ、まだ国王にもなっていない。陛下だって今更、跡継ぎを変更するとは帝国に報告できない」

「こんなこと、殿下に言えるはずないじゃない。殿下は王になられる存在だもの。その邪魔なんてできない。義母様のような、家柄と血筋だけあってもこの部屋と同じカビ臭い女、誰が殿下に添わせたいと思うものですか! 身の程を知らないにもほどがあるわ」

「それでも、レイニー。不思議に思わないの?」

「……何がよ!?」

「私がどこでどんな話をして、ロイズがそれを承諾したか」

「どうせ、卑怯な手を使って彼を騙したに違いないわ!」

「ふっ。ごめんなさい、貴方があまりにも愚かだからつい、教えたくなるわ。あのね、レイニー。殿下と私は学院のサロンの一室で会話をしたの、そこには近衛騎士の方々も同席したのよ? 意味が分かる? 殿下は貴方の子供は自分の子ではないと、はっきりと否定なされたわ。」


 真相の一端を知り、レイニーは顔色を失いつつあった。

 それはつまり、自分の胎内にいる子供が王族の血を引いていないことを王は知っているということであり……騙された。

 そう愕然とし肩を抱いて震えるレイニーを見て、サラはより心地の良い微笑みを浮かべていた。


「誰が勝者で、誰が敗者か理解した? 貴方にはさんざん、ロイズとの時間を邪魔されたけどこれからは孤独の時間を楽しむといいわ。私の養子になったレイニー様」


 サラはそう言うと、どこまでも満足げに微笑んだのだった。

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