サラの望み 


 はっきりと言うべきかな。

 この人には、現実を見て貰おう。

 もしかしたら、どこかで変わってくれるかもしれない。

 あの最初の頃の二人のようになれたら……無理だろうけど。

 サラは淡い期待を抱き、自身でそれは戻れない過去だと否定しつつ、ロイズに願いでる。


「そう。では王太子殿下、お願いがありますの」

「だから何だと聞いている!」

「そう声を荒げないで下さい。レイニーの子供を欲しいと思います」

「な……ん、だと……??」

「レイニーが殿方との間に成した、子供を欲しいと思います。そう申し上げました」


 ほらやっぱり。

 貴方は知っているようで知らない。

 レイニーが貴方を利用して好き勝手をしてる現実なんて、想像もしなかったのでしょうね。

 サラはもう、この人には触れられたくないとまで思い出していた。


「殿下、レイニーは貴方を騙していた。それが理解できませんか?」

「……それが真実だという証拠は?」

「近衛騎士の方々は陛下に報告されるでしょう。殿下がもし口止めを命じてもそれはかないません。陛下に嘘をつけば我が家は断絶です」

「それほどの決意か、お前……」


 これで私も卑怯者の仲間入りかな。情けない……。

 父親の子爵はあれから執事とサラに迎えられ、多くの現実を目の当たりにしていた。

 男とは見たくないものを突きつけられたら、こんなに弱くなるものなんだ?

 自己保身を第一に叫ぶ子爵にサラは幻滅したものだ。


「我が父とラグラージ侯爵様とのお話合いも持たれた様子。侯爵様はレイニーを失いたくはないそうです」

「そんな話まで水面下で進めていたのか!? 婚約者の私になんの断りもなく!?」


 逃げないでよ、ロイズ。貴方があの場に、あの夜に共にいてくれたなら。

 こんなことは最後まで露見しなかったかもしれないのだから。

 サラはそう思いながら、ロイズに細かい内容を伝えていく。

 レイニーの隠された一面を知るほどに、王太子は顔を青く染めていった。


「お前はまさか、いやそんなことはありえない。まさか、お前……あれに何をした!? レイニーの子供とはどういことだ……?」

「邪推をしないでくださいな、ロイズ。気づかないのですか、この二か月ほどの間の彼女の変わりように」

「いや、何も――何があったと??」

「鈍感にもほどがありますわ、殿下。そう言う私も彼女のことを聞くまでは知りませんでしたけど。子供以前に彼女の悪い噂は王宮まで流れているという話ですよ?」

「王宮だと!? まさか、陛下のお耳にまで……」

「そこまでは知りません。ですが、あの子と過ごした時間が一番長い異性となれば、陛下はどうお考えになられますでしょうか。ねえ、ロイズ?」


 サラがふとした瞬間、会話の端に浮かべたその笑顔は勝利者の者だ。

 ロイズはそう思った。同時に、レイニーの行く末を救えるのも、私しかいませんよ?

 そう思わせる、そんな笑みだった。


「陛下は――私の子供かもしれないと……お考えになるだろうな。お前はなんてことを持ち出すんだ!? このままではお前まで悪い明日しかないと理解しているのか?」

「それは考えようかと。ロイズ、貴方からレイニーへの溺愛ぶりは有名だもの。彼女と私に向けた愛情の差は、陛下に印象深いものとなるでしょうね?」

「脅すつもりか!? この王太子たる私を!」

「いいえ、そんなことは致しません。すればこの場で捕縛されます。あくまで陛下の印象と貴方が不利であると申し上げているのです」

「サラ? 君は何を言っている? どうしてレイニーの子供を欲しがるんだ!?」

 

 理解できない者を目にしている。

 ロイズの顔はそんな困惑に彩られていた。


「殿下をお救いするのですよ、この提案は? ご理解下さい」

「いいや、理解できないな。子供は庶子だ。レイニーは侯爵家を追放されるか、悪ければ陛下はそれを――子供ともども幽閉など――するだろうな……」

「そうですね。でも煮え切らない人。どうしてレイニーを助けようとしないの? あんなに可愛がっていたのに」


 そう諭してやるとますます理解が出来ないとロイズは困り果てているように、サラには見える。

 それはとても胸の空くもので――これまで虐げられてきた過去の怨念が自分の中から少しずつ去っていくのをサラは感じていた。


「ねえ、ロイズ。あの子のお腹のなかにいる子供は……貴方の子供なの?」

「なっ!? もしそうだとしてもそんなこと言えるわけがないだろう?!」

「この状況でですか? 近衛騎士の方々に聞こえていますよ、陛下のお耳にも入ることは予想がつくでしょう? お覚悟を決めてください」

「―――っ!!?」


 ロイズは近衛騎士を見、サラをもう一度見て観念したかのように息を吐いた。

 そして語り出す。


「それは濡れ衣だ。私はレイニーの身体を抱いたことなど、一度もない。誰とも関係すら持っていない。サラ、お前もそうだろう?」

「ええ、王太子殿下。貴方の為だけに生きてきましたから。当然の義務ですわ、婚約者として。でも、貴方はそれ以上にレイニーを溺愛した。私の胸はいつも、レイニーという名前が貴方の口から出てくるたびに……締め上げられて息ができないくらい、苦しかった」


 婚約してからずっと溜め込んできた怒りの言葉、悲しみのすべてが。

 いまようやく、サラの中から言葉を持って語られた瞬間だった。

 そして――それは、復讐を始める合図だった。

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