意外な挨拶


 不本意ながら、アルナルドをああいった形で追い返した後も、サラには重責がまだまだ残っていた。

 時刻はパーティーが開いてから閉会までの間をようやく折り返した頃。

 前半をどうにか終えて一息つきつつも、招待客のリストをチラリと覗き見するとサラが相手をした来賓は七割ほど。

 あと三割、でもそれが問題なのよねえ。

 気の早い客と上客は早々とやって来るものだ。

 残りはどこかで聞きつけてきた、まだ見知らない客も大勢含まれている。

 サラはほう、と肩のコリをほぐすと彼の挨拶を続けて受けていた。

 

「サラ様。ご婚約おめでとうございます」

「は? あ、いえ。ありがとうございます。ですが、それはもう二年前に決まったことですが……?」

「ああ、もちろんそれは承知しております。あの席ではまだご挨拶に伺えず今ここでのそれとなりますので」

「それはどうも……」

 

 二年前の祝いを今言われても困るんだけど。

 お返しなんてできるものもない。

 というよりも、それこそ礼儀知らずというもので――今頃になってそれを告げる来客の図太さに呆れてしまう。

 サラは時勢に乗るとはこういうことかと頭を捻っていた。


「時にサラ様。もう後宮にあげるべき人材には目星を?」

「後宮? 上げるも何も、それは私が決めることでは……」

「また何かあれば、良しなにお願いいたします」


 来賓の多くがそう祝辞を述べ、更には殿下によろしくお願いいたしますと告げて、高価な贈答品を並べていく。

 そのどれもに贈り主の家紋や、それとなく分かる何かが添えられていた。


「私は伝言係じゃないんだけど」

「まあまあ、お嬢様。これも社交界に出る前の予行演習と思えばよいかと」

「じいや、貴方はそう言うけど。殿下がいて下さったらもっといいのにね……」


 まさに今も、殿下への祝辞ではなく、自分への祝いを述べられても、サラは困りますとも言えず、困惑した笑みを浮かべて挨拶を幾人もから受けていた。


「殿下は御不在ですが、それでもよろしいのでしょうか。こちらをいただいても?」

「もちろんです、サラ様。これで王太子妃様になられる、もしくは王妃様への道も開けたわけですから。是非とも我が家の令息を、サラ様の御側において頂ければと」

「はあ? それは侍従として、という意味ですか? それとも、愛人と?」

「滅相もない。愛人などと思っておりません。ただの用人として使って頂ければそれで嬉しいと思います」


 また自分の子供の売込みですか。

 それなら、学院で殿下の御寵愛を受けれるよう行動されては?

 子弟ならともかく、令嬢を連れて挨拶に来られた時はさすがにそう言いそうになった。

 もっとも、ロイズの目の前で色目なんて使われた日には……今夜の自分は大人しくしてはいないかもしれない。

 

「そう、ですか。付き人などの人事は、いずれの話となりますね。今はお返事はできません」

「お気にかけて頂けるだけで、光栄です」

「ですけど、あのような品をいただいても――あれは、殿下に差し上げればよろしいのですか?」

「いえ、あれはサラ様への贈り物ですから。お好きになさってください」

「はあ……?」


 とまあ、こんな挨拶までやってくる始末。息子を娘を王宮に入れて働かせたい。

 それはそのまま、親や家の出世にもつながるから、誰しもがいずれ王妃になる予定のサラと縁をつくりたいとやってきては戻っていく。


「殿下がいらしたら、同じことを述べたわけね。なるほど」

「左様でございますな。誰しもが十年、二十年先を見据えて動く。これが政治の裏側ですな」

「吟遊詩人などが歌う華やかな社交界の裏側。泥沼の愛憎劇になるということね」

「お嬢様……」


 こんなところで数年、いや、十年先の根回しを今からするなんて――政治とはめんどくさい。

 サラはそう思い、逆に父親がこんなドロドロとした貴族社会で成り上がれたのは、相当の努力と精神的な苦労と多額の金銭を費やしたのだろうとぼんやりと理解し始めていた。


「お母様がお父様のお尻を叩くから、うちは更に貧乏になったんじゃないのかしら。大臣になっても、こうやって袖の下というか、賄賂を持ってやって来た人なんて見たことがないわ」


 出世しても誰も賄賂なんてくれないから、自分の私財を切り詰めるしかない。

 そうやって子爵家はどんどん貧乏になったのだろう。

 女は政治に関わるな。

 あの一言は、そんな裏があったのかもしれない。

 父親が過去に苦労したから娘には同じことをさせたくない。

 そんな、彼なりの優しさだったのかもしれない。


「それでも当日に逃げ出して、お母様まで失いそうになってたら意味がないですわ、お父様!」


 そうぼやくサラは、執事やその他の家人が奥の部屋に運んでいる贈答品の数々に目を見張る。

 貧乏な子爵家では普段、目にできないものばかりだった。

 

「これだけの品々、どうすればいいのかしら。殿下がいないから私宛てにしたってこと? ああ、つまりあれね。本命がいないから、その一番側にいる人間を落とそうと。そういう腹なんだ」


 挨拶の列が途切れ、ちょうど裏に向かう用事もできたからそれを終わらせたあと、贈り物を運び込んだ部屋に興味をもって足を運んでみた。

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