悪者
それを聞くとアルナルドは苦笑する。
王家と子爵家の婚姻は、個人同士の意思は尊重されない。
女はあくまで家のモノ。
家の当主が望めば、娘と結婚もできるし、兄と姉が、姉と弟が、妹と兄が、妹と弟の結婚だって当たり前の世の中だ。
そして、それは男子に至っても限りなく自由はなく……不自由な世界が貴族の常識なのだから。
「うーん、それは難しいかもねえ……。サラに妹か姉でも従姉妹でもいれば、また別なんだけど……」
家と家の約束だから、代理の女子を立てれば――ある意味ではその契約は履行されることになる。
アルナルドはそう言いたいようだった。
「でも、いないの。残念ながら、ね……」
「そんなに嫌なのかい?」
「嫌というか……自由に出来ないことは理解してるわよ」
「なるほど。でも、あれかな? 子爵様も殿下も、サラに押し付けすぎているとは――思わなくもない」
そうなのよ! とサラは勢いよくアルナルドに向き直った。
彼は黒目を白黒させて、幼馴染の急転回にびっくりする。
「そうでしょう、アルナルド!?」
「あ、うん、そう思うけどね」
「分かってるのよ。お父様は子爵位で伯爵様の分家筋の身分のくせにって、世間様の勘違いも甚だしい意見に若い頃からさらされてきたから――今の財務大臣の地位は死んでも守りたいはずなの」
「……男は一度手にした地位を簡単には手放さないからね」
「それも分かってる。だから言えないのよ……」
婚約破棄をこちらから申し出たとあったら、下手すれば爵位はく奪の上に家までとりつぶしになる。
そうなると誰が悲しむことになるのか、サラにはよく理解できていた。
「……お母様が悲しむわ。今度は庶民に格下げだって」
「おば様は伯爵家の娘だから。夫にはさっさと実家と同じ爵位になって欲しいんだろうね。でもいないけど……そのお母様はどこに行ったんだい??」
と、アルナルドは大広間を見渡して不思議そうな顔をする。
サラ恥ずかしさに顔を赤らめた。
「やめてよ、わざとらしく知らないふりをしないで。分かってるでしょ……?」
「まあ、そうだね。君のお母様、子爵夫人は今日もお元気なんだね」
「……そうね。今頃はどこにいるのかしら。パーティーのことは知っているはずだけど、来ないところを見るとまたお父様と喧嘩したのかも」
そうなると、実家に仕えるあの男のところしか思い当らない。
自分やアルナルドにまで知られている母親の浮気相手だ。
その噂は社交界でも広がっているだろうと、サラは赤面していた。
「やっぱり大好きな郊外に屋敷を構える王国騎士の側にいるのか?」
「だからそのあからさまに言うのはやめてよ。恥ずかしい――既婚者なのに愛人を作って遊びに出ていったまま戻らない母親なんて、もう知らない……」
「おばさん、昔はあんなに優しかったのにね。僕が帝国から留学でやってきた時から、ずっと独り立ちするまで面倒見てくれてた」
「アルナルド。あなたは帝国の皇太子殿下。ごめんなさい、こんな話をしていい相手じゃなかったね……」
サラは今年、十六歳になり留学期間を終えて母国に戻る彼にそう謝罪する。
王家の本家筋に当たる隣国の皇帝家の次男は、困ったように頭をかいていた。
「話をしていいも何も、僕たち同じひいおばあ様を持つ親戚同士だけどね、サラ? それでも君は遠慮するのかい?」
「……ロイズとあなただって似たようなものでしょ?」
「いや、あれとは――あれなんて王太子殿下に失礼だけど。今の王家との血縁関係はもう数世代前に途切れているよ。ただの本家と分家というだけで、血のつながりを言えば僕と君にはあるけど、あれには関係ない」
「知らなかった」
「本当にサラはそういうところは疎いよね。まあ、四世紀も前の話だから、仕方ないといえば仕方ないけど」
「ふん。だって質問すれば怒られるもの。女が政治を知る必要はないって……」
「子爵様らしいや」
「でしょう? お父様と殿下……あなたも殿下だけど。ロイズの方ね――二人はとっても似てるの。あの怒り方、責任逃れが大好きなところ、押しつけがましいところ。そのくせ、自分が手柄を得ないと気が済まない意地汚いところも」
「おいおい……」
そりゃ言い過ぎだよとアルナルドは耐え切れなくなって苦笑してしまう。
確かに。想像してみたら、あの二人は内面がよく似ていてどっちも威張り散らすのが好きな、狼になれない飼い犬みたいだ。
アルナルドはそう思ってしまった。
「君も大変だね。結婚したら、同じ猛獣が二頭に増える」
「猛獣? 世間体と出世欲しか頭にない単なる駄犬よ……育てて貰ってこんな言い方は失礼だけど」
「確かに宜しくない」
「ごめんなさい、はしたなかったわ。お父様には育てて貰って感謝しているの。でも、ロイズは……」
「我慢できない?」
うん、とサラは素直にうなづいた。
できるなら、そう思いぼやくようについ、言葉にしてしまう。
「殿下は幼馴染のレイニー様が私より大事だって言われるし、でもこれって浮気じゃないかしら?」
「君さえよければ、僕が悪者になるよ、サラ?」
え? それってどういう意味?
唐突な帝国皇太子の提案の意味が分からず、サラは小首をかしげてしまった。
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