添い寝

 リアが突然そんなことを言ってきた。

 顔は真っ赤で、肩は羞恥で震えている。


 フラウはなんだか楽しそうにオレのことを温かい目で見てくる。


「ねえ、リアがこんなに頑張ってくれてるのに、コンランスは無視するの?」

「お前、楽しんでるだろ」

「なんのことだかさっぱり」


 口笛を吹き始めるフラウ。

 リアの発言もおそらくこいつの入れ知恵だろう。

 現にフラウも楽しそうな表情を全く崩していない。


「リア、そんなに無理することはないんだぞ。

 明日には魔王と戦うかもしれない。

 こんなところで疲れてほしくないんだ」

「私なら大丈夫です! 

 それに、コンランスさんもベッドで寝ないと疲れが取れないでしょう?」


 確かに、そこらで寝るのとベッドで寝るのでは体力の戻りが全然違う。

 とは言うものの……

 

「そんなに私のことが嫌なんですか?」

「しょうがないな……」


 なし崩し的に一緒に寝ることになった。

 フラウは横で小さくガッツポーズをする。

 余裕があったらしばいたのだが、明日は疲れる。

 また別の機会にしばくとしよう。


「それじゃ、おやすみ」


 フラウがそう言って、明かりを落とす。

 就寝の時間、オレとリアは一緒に寝て、フラウは隣のベッドに入っていった。


「どうぞ」

「ああ」


 オレたちは同じベッドに入る。

 そのまま背中合わせになった。


 まさかと思うが、変な匂いなどしていないだろうか。

 いつもは気にならないはずなのに、今日に限ってとても気になる。


「コンランスさん、起きてますか」

「起きてるぞ」

「私の方を向いてくれませんか」

「別に構わないが」


 言われた通り振り返ると、リアの顔がすぐそこにあった。

 耳の先まで真っ赤になっているリアはとても可愛かった。


「なんですか? 私の顔に何かついていますか?」

「いや、可愛いと思っただけど」

「そう言うこと言わないでください!」


 目線をそらされ、胸元を叩かれる。

 非力で、全くいなくない拳だった。


 よく考えてみると、今までこんな間近で彼女の顔を見たことがない。

 もしかすると、これが最後の機会かもしれない。

 そう思うと、リアの顔を見ずにはいられなかった。


「コンランスさんのお父さんはどんな人でしたか?」

「聞かない方がいいと思うぞ?」


 オレたちが今から討伐しにいく相手、それがオレの父なのだ。

 下手に感情移入されては倒せる物も倒せなくなってしまう。

 

 リアはこちらを真剣な眼差しで見つめる。


「それでも知っておきたいんです」

「どうしてだ?」

「魔物にも心があると知ったので」

「心?」


 リアは天井を見つめ、ぽつりと呟いた。


「相手を思うことができること、ですかね。

 魔物と言っても、人生みたいなものがあると思うんです。

 それも知らずにただ討伐して終わるのはなんだか可哀想に思えてきて」

「オレは人間の人生など考えたことはないがな。

 人間と魔物。どっちもどっちだ」


 どちらがいい悪いなどないのだ。

 ただ見た目が違うだけ。

 

「コンランスさん」

「いきなり改まって、なんだ?」

「もし魔王を倒したら……」


 リアがベッドのシーツをぎゅっと掴む。

 何かの決意を表しているようだった。


「私と結婚してくれませんか?」 


 一瞬頭が真っ白になる。

 隣のベッドから物音がした気がするが、きっと気のせいだろう。


「魔王城に行って無事帰れる保証はない。

 そういうのは一通り終わった後ではダメなのか?」

「こういう時だからです。

 答えてくれないと、私のやる気が下がりますよ?」

「それは困るな?」


 リアしか回復魔法の扱えるものがいないのだ。

 

 オレはしばらく黙り、リアと同じく天井を見上げる。

 当たり前だが、そこには答えなど書いてない。


「わかった」

「ありがとうございます」


 「よっしゃ」という声が聞こえた気がするが、きっと気のせいだろう。


 しばらく黙りあったまま。

 ふと、リアの方を向く。

 ちょうどリアもこちらに顔を向けた。


 綺麗な青い瞳がオレの目をつかむ。

 リアにはオレと一緒にいてほしい。

 そんな思いが再び湧き上がる。

 至近距離で見つめあっていると、なぜか気恥ずかしい感じだ。


「私たち、夫婦ですね」

「ああ」


 手を繋ぎ、互いに微笑み合う。

 今までで1番よく眠れた夜だった。


「昨夜はお楽しみでしたね」

「なんのことだ? リア、何か知っているか?」

「さあ、私にもさっぱり」


 起きると、ベッドの脇にフラウが立っていた。

 生暖かい目に口元は緩み切っている。

 はっきり言って気持ち悪いぐらいだ。


「くだらないこと言ってないで、さっさと準備しろ。

 今日は魔王城に入るからな。

 いつ死んでも知らんぞ」

「はいはい」


 フラウは軽い足取りで洗面台の方へ向かった。


「リア、死ぬなよ」

「わかってます」


 こんなやりとりをしている間にも時間は過ぎていく。

 フラウに越されないよう、オレたちも準備を始めた。


 入った時と同じ要領で、リアとフラウを檻に入れて街の外へと出した。

 そのままレーグとロアが待っているであろう場所に向かう。


「随分と長い滞在だったな」

「フラウのせいだ。あいつを責めてくれ」


 こめかみに青筋を浮かべたレーグに出迎えられる。

 剣を持つ手には力がこもっていて、今にも切りかかってきそうだ。

 ロアも表情には出していないが、相当お怒りのようだ。


「フラウ、こっちに来なさい」

「ちょっとロア、どこいくつもり? 誰か私を助けて!」


 引きずられるフラウを見送りながら、オレたちは今日の決戦について話し始める。

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