人魚
それから何日もして、魔界の港が見えてきた。
「リア、魔界に着いたぞ」
「ううん……そうですか」
先ほどまで寝ていたリアは寝ぼけた目をこすっている。
「私たち、そこで降りられるんですか?」
「多分な」
事前に魔界にオレたちが変えるという話はしていないので、出迎えに来るのはいない。
だが、船の一つや二つ、止める場所ぐらいはあるはずだ。
「なんだ? 誰かいるぞ?」
オレたちを出迎えたのはドラゴンとそれに従う魔物たち……つまりは父とその護衛だった。
「裏切り者のダークエルフよ。見損なったぞ」
こちらに向けて、怒りの眼で父ははっきりとそういった。
「なんだか大陸の魔物が怒ってる気がするんですけど……」
リアは魔物の言葉はわからないが、不穏なものは感じ取ったようだ。
「ああ、なぜだかわからないが魔王が怒っている」
「魔王って、逃げた方がいいんじゃないですか?」
「魔王はオレの父だ話せば通じるかもしれない」
少しずつ、船を陸地へと近づけていく。
それと比例して、父の怒りも増している気がする。
「父よ、何か誤解していませんか?」
「誤解も何もあるか! アンジェルスから全て聞いたぞ!」
よく見ると、ドラゴンの後ろにアンジェルスの姿があった。
その顔はなぜか笑っており、オレたちを馬鹿にしているようだ。
「今すぐその女を殺せば許してやる」
冷たい声で父はそう言った。
できない、とはすぐには答えられなかった。
「コンランスさん、魔王とはどんな話をしてるんですか?」
「リアを殺さなければオレを殺すと言っている」
「そんな……」
父は魔物の軍に対し何か命令したようで、魔物たちの持つ武器が一斉にこちらに向けられた。
父の怒り具合からして、いくら話しても無駄だろう。
もう説得するのは諦めた方がいいかもしれない。
「リア、一度どこかに逃げよう」
「どこかって、どこですか? 私たちは人界からも魔界からも追われているんですよ」
「わかっている。でもここは逃げるしかない」
船を反転させ、オレは大陸から離れていった。
「待て! 逃すな!」
魔物たちがこちらに向かって魔法を放ってきた。
船と魔物たちには距離があるので船に魔法が当たってもひどい損傷はおわなかった。
「これなら逃げ切れそうだ」
とオレが呟いた矢先。
「お前は私が責任を持って殺す!」
父が俺たちの船に向かって灼熱を放った。
リアは慌てて船の船首側に走ってくる。
灼熱で船の半分が灰となってしまった。
「二度とその顔を見せるな!」
怒りの咆哮と共に、翼で嵐を巻き起こす。
「リア、オレに掴まれ!」
「はい!」
オレとリアは手を繋ぎ、船の前半部分になんとかしがみついていた。
嵐の中で揉まれる船は動きがとても大きくて、今にも手を離してしまいそうだ。
「きゃっ!」
リアがオレの手から離れ、海の中へ落ちようとしていた。
「リア!」
オレもリアの後をおい、海に飛び込んだ。
海中でリアは気絶していた。
顔色は悪くないので、生きてはいるようだ。
とりあえず、海の上へとリアを連れて行こうとする。
オレの不注意で、近くにやってきた船の破片に気づけなかった。
破片は大きく、嵐によってとても早く移動してきたいたので、オレの頭に当たった時、オレは意識を失ってしまった。
リアを抱いて、オレの意識は闇へと飲まれていった。
「目を開けない」
「……」
「目を開けなさい」
謎の声に呼ばれて、目を開く。
「ここは?」
どうやら海底のようだ。
地面は砂でできていて、あちこちで貝や魚の群れが動いている。
「ようこそ。海底の楽園へ」
声の方を見ると、人魚がいた。
オレが昔読んだ本の通り、人魚は半人半魚の姿だった。
腰より上は美しい人間、腰より下は白い魚だった。
鱗には光沢があり、海底に差す光を綺麗に反射させている。
「あなたは?」
「私はこの海底の女王、ラミアです。
あなたたちは海で溺れていたのを仲間の人魚に発見されたんですよ」
隣を見ると、リアが横たわっていた。
だが、顔の様子は健康そのもので、目立った外傷はなかった。
「大丈夫です。眠っているだけですから、しばらくすれば起きますよ」
「ありがとうございます」
ラミアが微笑を浮かべる。
その表情は神々しさを感じさせるものだった。
それより、オレには疑問でならないことがある。
「すみませんが、質問をしても良いでしょうか」
「構いません」
ラミアの許可をとって質問する。
「人魚は伝説の存在で実在しないはずでは?」
オレの読んだ本の中では、人魚は伝説の種族であり、現実には存在しないということになっていたのだ。
「そうですね。今の人間や魔物たちはそう思っているかもしれません。ですが、人魚は実在します」
証拠と言わんばかりに、ラミアは尾を動かした。
その動きは滑らかで、本当に体の一部に見えた。
「私たち人魚が歴史から姿を消したのは、先の人魔戦争の最中です。
魔物と人間は互いを潰そうと必死になっていました。
その時、人間と魔物は自分が有利になるように、と多種族の力を借りることにしたのです。
その時、エルフや天使族、人魚族などがそれぞれ力を貸しました」
話からするに、エルフや天使も実在するようだ。
どちらもオレは見たことがないのだが。
「戦争は百年にわたり、人間も魔物も多くの犠牲者を出しました。
それでも戦争をやめようとはしない二つの種族に、他の種族たちは嫌気がさし、どの種族も人間と魔物には関わらないと決めたのです」
「そうだったのか……」
もしかすると、世界にはオレの知らない種族がまだまだいるのかもしれない。
「だとしたら、どうして俺たちを助けてくれたんだ?
オレたちは人間と魔物だぞ?」
「あなたたちは特別です。人間と魔物が一緒にいることなど今までなかったのに、あなたたちはそれをしている。もしかしたら特別の存在になれるのではと期待しているのです」
女王が優しい眼差しを向ける。
「ですが、オレには期待に応えるだけの力がありません。先ほども魔王に負けたばかりです」
オレに期待してくれるのはありがたいが、魔王を倒す力をオレは持ち合わせていない。
「では、あなたにこの剣を授けます。ここに」
女王がそういうと、近くからもう一人の人魚が姿を見せる。
その手には一本の剣が握られていた。
女王はその剣を受け取ると、そのままオレに渡す。
「オチェアーノの剣です。この剣は水神の力を授かったもの。きっと役に立つでしょう」
「ありがとうございます」
剣は水色の金属でできていた。
刀身は透けていて、向こうが見えている。
だが、とてつもない魔力が秘められているようで、もった瞬間かなりの重みが腕に伝わった。
「こんなに貴重なもの、本当にいただいても良いのでしょうか?」
「倉庫に長年眠っていたものですから。せっかくならこの剣を使えそうな人に託したいだけです」
「そういうことならば受け取らせて頂きます」
剣を鞘にしまう。
ズンとした重みが腰に伝わった。
「ん…… コンランスさん?」
隣でリアが声を出した。
どうやら眠りから覚めたようだ。
「ここは海底……って私たち生きてるんですか?」
「生きてるようだ」
リアは慌てふためいていて、体のあちこちを触っている。
「私の能力で息ができているんですよ」
女王ラミアがベルに向かって話しかける。
「あなたは?」
「人魚の女王ラミアです」
リアはラミアを見て固まっていた。
伝説の存在が目の前にいることが信じられないのだろう。
リアは首を振っていつもの調子を取り戻した。
「ここは海底です。敵は誰もいないので安心してください」
「はぁ……」
いまいち実感がわかないようだ。
夢のような状態なので当然と言えば当然なのだが。
「あちらから人魚の村に行けます。一度見てきてはいかかでしょうか。良い休息になると思いますよ」
ラミアの指さす先には、巨大な巻貝や珊瑚があった。
おそらくあれが人魚族の村だろう。
「ご配慮ありがとうございます」
「もし地上に戻りたくなったら、私に言ってください。
この機会に、ぜひ村を楽しんでくださいね」
手を振ってオレたちをラミアは見送った。
オレとリアは休養を兼ねて、しばらく人魚族の村に滞在することにした。
「ようこそ、ラミア女王より話は聞いています。ごゆっくりしてください」
村に着くと、男性の人魚に出迎えられた。
鱗が所々剥がれ、豊富なヒゲを蓄えている。
「私は人魚の村の長老です」
「オレはコンランスで、こっちはリアだ」
「どうも、私がリアです」
軽い挨拶を交わし、長老に話を聞く。
「あなたたちには来客用の住居を使っていただきます。もしかしたら地上の生活とは違うところがあるかもしれませんが、ご容赦ください」
そう言った長老に案内されたのは、巨大な魚の形をした家だった。
壁は青色の珊瑚で造られていて、とても丈夫そうだ。
家具は魚の骨や鱗を使っていて、海中に注ぐ光を反射して輝いている。
「綺麗な家ですね」
「それはどうもありがとうございます」
リアの賛辞に長老は頭を下げた。
「もし何かありましたら、私のところまで来てください」
「わかりました」
オレがそう言うと、長老は家から出て行った。
一通り家の中を探索した後、リアに声をかける。
「オレはしばらくここにいようと思うのだが、構わないか?」
「私も良いと思いますよ。地上に行っても行く当てがないので」
しばらく人魚の村にとどまることになった。
リアと一緒に村を見て回ったところ、海底にあることを除けば地上の村と大差なかった。
商業をしている人魚もいたし、宿屋を営んでいる人魚もいた。
宿屋にはもう何十年と泊まる客がいないので、現在は形骸化している状態だと宿屋の人魚は嘆いていた。
「他の種族は人魚の村に来ないんですか?」
「人魚は海の中に住んでいるだろ。だから水の中でも生活できる種族しかこの村に来られないんだ」
リアの質問に、宿屋の主人は残念そうに答えた。
「ですが、水の中でも息のできる魔法をかけてあげれば良いのではないでしょうか」
「あの魔法は女王しか使えない。くる人みんなに魔法を使ってたら女王が倒れてしまう」
「それは大変ですね」
世の中都合良くいかないんだ、と主人はまた嘆き始めたところでオレたちは撤収した。
家に帰るときには、海底に月明かりがさしていた。
「今日は新しいことがたくさんありましたね」
「そうだな、まさか父に殺されかけるとは思わなかった。人魚に会うことができたのは不幸中の幸いだ」
「魔王の誤解を解けると良いですね……」
「難しいだろうな」
おそらくアンジェルスが魔王に何か吹き込んだのだろうが、その証拠がない。
そのため、アンジェルスを捕まえない限り魔王の誤解は解けないだろう。
魔界に着いたら間違いなく父と戦うことになる。
そのためにも今は力をつけなくては。
「いつかどこかで落ち着いて住みたいですね」
「ここでもいいぞ?」
「借りている家にずっと住むのは落ち着かないです」
確かに人魚に恩を借りっぱなしと言うわけにはいかない。
「今日はもう寝ましょう」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
オレたちは別々の部屋に入り、眠ることになった。
翌朝起きてすぐ、オレは家の外に出た。
朝の空気、は海底では無いので水を吸い込む。
とても爽やかな水のような気がした。
家から少し離れた広い場所でオチェアーノの剣を抜く。
ずっしりとした重さが両腕に伝わってくる。
剣を構え、全力で振ってみる。
剣の慣性に腕の力が負けてしまい、うまく制御できなかった。
「これは修練が必要だな……」
今のまま魔界に行ってもどうしようもない。
せめてこの剣だけは扱えるようにならいと、魔王討伐など夢のまた夢だろう。
上段に構え、一気に振り下ろす。
その動作を手が動かなくなるまで何回も繰り返す。
一息入れる頃には、すっかり日は昇っていた。
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