凍える洞窟

 オレはアンジェルスと別れ、一人で北へと向かっている。

 王都の周りは平地で水はけがいい土地だ。歩くことになんの不便もない。

 しかし王都から離れるほど道の整備は雑になり、歩きにくくなっていた。


 オレが今いるのは、洞窟の前だった。

 道ゆく人に話を聞いたところ、リーズレットに行くにはこの洞窟を越えなければならないらしい。

 山の上を行く方法もあるのだが、それにはとても時間がかかるため非効率だという話だった。


「さて、入るか」


 オレは覚悟を決め、洞窟の中へと入っていた。

 ある程度間隔をあけて松明が置かれ、あたりを明るく照らしている。

 中の空気は外のものより何倍も冷たく感じられた。なんでも凍ってしまいそうなくらいに。


「ここは寒いな」


 そう愚痴をこぼす。防寒具の用意など全くなかったので、洞窟を出るまで、オレはひたすらこの寒さに耐えねばならない。 


 洞窟の中には誰もいない。聞こえてくるのはオレの足跡のみだ。

 たまに後ろを振り返っても地面にオレの足跡が残るのみで、他の人の足跡などはひとつもなかった。


 なんだかいつもより寂しい気がする。

 いつも隣にはアンジェルスがいた。だが今は誰もいない。

 話し相手がいないと言うのはこれほど寂しいものなのかと考えてしまう。


「リアも、捕まっていた時はこんな気持ちだったかもな」


 思えばリアも五日間牢の中で誰とも話さずひたすらじっとしていたのだ。

 オレは一日足らずでこんなに寂しいと思ってしまうのに、五日も誰とも話さずにいることができたリアの精神力は尊敬に値する。


 洞窟の終わりはいまだに見えてこない。

 もしかしたら元々終わりなどないのかもしれない。

 走れば早く抜けることができるのかもしれないが、どうしてか走る気にはなれなかった。


 いつもより疲れるのが早い気がする。

 オレは洞窟に入って初めての休憩を取ることにした。

 今、外の様子はどうなっているだろうか。洞窟の中は無音なので、雨の音や風の音が聞こえてこない。

 

 ふと、誰かの足音が聞こえてきた。

 オレは立ち上がり、音のなる方を見る。どうやらオレが入ってきた側から誰かが入って来たらしい。


「この洞窟は寒すぎるんだよ…… 誰か暖房たくなりしてくれりゃいいのに」


 現れたのは、深紅の鎧に赤い剣。赤の勇者のレーグだった。


「おっ、そこにいるのは冒険者か? ここまでご苦労だな」


「どうも」

 

 なぜここに彼が現れたのかはわからない。だがなんとなくオレがコンランスだと伝えない方がいい気がした。


「お前、ここに魔物が通るのを見なかったか?」


 変身魔法のおかげでオレが魔物であることはバレていないようだった。


「見ていません」


「そうか。情報感謝する。もし魔物が通ったら大きな音とかでオレに知らせてくれ。オレはしばらくこの洞窟の中にいるからな」


「分かりました。でも、なんのために?」


「ダークエルフがリーズレットの村に向かっていると言う情報があった。オレは奴を殺せと王に命令されてるんだ」


 おそらくレーグの言うダークエルフとはオレのことだろう。

 なぜ王がオレのことをダークエルフだと知ることができたのかはわからない。しかしオレの邪魔をする気でいることは明らかだ。


「私はもう出発しますので、ここらで失礼します」


「そうか、魔物を見つけたら教えろよ」


「はい」

 

 レーグは来た道を引き返していった。

 オレはレーグとは反対に足を進める。

 もうオレのことを人界の王は探し始めている。おそらくオレがなぜ人界に潜伏しているのかも知っているだろう。

 早くリーズレットに着かなければ、リアに会うことができなくなるかもしれない。

 今までの寒さを忘れ、オレは走って洞窟の出口へと向かった。


 外に出ると、綺麗な針葉樹が生えている森に出た。

 森の中は洞窟よりも暖かいが、それでも少しひんやりしている。

 針葉樹の葉は緑一色に染まり、幹の茶色と素晴らしいコントラストを作っていた。


「道がないな」


 洞窟の出口付近にはいい加減な舗装の道があるが、すぐに途切れてしまっている。整備するほど人が使う道ではないので、長年放置されて消えてしまったのだろう。

 森の方を見ても木の生え方は完全にランダムで、どこかに道があったようには見えない。


「わからない以上、適当に進むしかないか」


 太陽を見ると、西の空に沈もうとしていた。

 そこからおおよその北の方角に見当をつけ、進んでいく。

 根っこが出ていたり、腐った木が倒れていたりして、進みやすい道ではなかった。それでも一歩ずつ進んでいく。

 

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