夜のこと

 リアのことを時々思い出しながらも、会うための策が思いつわけでもないまま数ヶ月が過ぎた。


 悶々とした生活を続けていた俺はなにもしたいと思わないまま生きていた。

 父に言われるがままに人界に攻めに行ったこともあったが、勝手にリアを探しにいくわけにもいかず余計じれったく感じるだけだった。

 無気力であっても戦いごとに一定の成果を上げていたので、父に叱責されることはなかった。


「コンランス様、部屋の整理をしていた際にこの杖を見つけたのですが、これは人間用で不要だと思います。処分してもよろしいでしょうか」


 アンジェルスの持っていた杖はリアから奪ったものだった。その杖を見ているとリアが頭から離れず気分が下がるので部屋の隅にやって置いたのだ。それをアンジェルスはたまたま見つけてようだ。


「その杖は捨てないでくれ。目のつかないところにしまっておけ」


「ですがコンランス様の部屋を圧迫するだけで邪魔な物だと思いますよ」


「そのことは分かっている。だが、それを大切にしておくとある人間と約束したのだ」


「まあ、そういうことなら…」


 納得はしないものの、そこまで言われたらどうしようもないという感じでアンジェルスは引き下がった。


「その杖を渡してくれ。後で片付けておく」


 アンジェルスから杖を受け取る。以前と変わらない輝きを放ち、込められている魔力の量は全く変わってい。

 杖の力を引き出そうとしても引き出せている感覚が全くない。やはり俺にはこの杖は扱えないのだ。


「その人間のお方に会いたいのですか?」


「会いたいとは思うが、方法がない。人間の世界に魔物が入るのは不可能だ。入ればたちまち殺される」


「その人間を除いて皆殺しにすればよろしいのでは?」


「そのことは考えた。だが勇者が健在な今は現実的ではない」


『英雄の物語』のような、圧倒的な英雄の能力が俺に備わっているなら人間を滅ぼすこともできただろう。俺は英雄に憧れてはいるが、ちゃんと現実は見ている。


「では、潜入というのはどうでしょうか?」


「見た目でバレる」


「透明化の魔法見つかっていませんが、私には見た目を変える魔法があります。幸い私たちは人間の言語を扱えるので案外バレないかもしれませんよ」


 その提案は魅力的だ。しかし、父にはなんと説得する?

 今まで人間も魔物も敵地に潜入することを行なったことはない。前代未聞のことだ。

 互いの言語はわからないので、諜報のようなことをしても文字的な情報は何一つ得られない。また、会話を盗聴しても理解できない。さらには人間と魔物は見た目が違うので、すぐに見つかってしまう。つまり潜伏はメリットが少なくデメリットばかりの行為だ。

 だが、俺たちには話が別。文字が読めるし、そもそもリアと会うことだけが目的だ。そのため潜伏のメリットどうこうといったことは関係ない。


「人界の情報を持ち帰ると言って潜伏すればいいでしょう。そのあいだに時間を作り目的の人間に会えばよろしいかと」


 なるほど。その方法ならできないことはない。父も納得してくれるだろう。


 俺はうなずき、アンジェルスの提案を承諾した。


 宮廷はいつも通りだった。護衛が幾重にも並んで立ち、その際奥の玉座にドラゴンであり、魔王の父がいる。

 俺とアンジェルスは並んで魔王の前で跪く。


「お前から話とは珍しい。ここのところやる気がなかったな」


「申し訳ございません」


「しっかり成果を上げているからそんなことはどうでもいい。それより用件を話せ」


「魔王としての父にお願いします。俺を人界に潜入させてください」


「だが、なぜ今まで魔物も人間も諜報のような真似をしていないのか知っているだろう?」


 ここまでは想定していた展開だった。父が納得するにはまだ話を続けなければならない。あらかじめ考えておいた話の方向に持っていく。


「もちろん知っています。ですが、私は魔物のみでありながら人間の言語を使うことができます。さらに従者のアンジェルスも人間の言語を操ることができ、変身の魔法も有しています。俺たちが2人で協力すれば人界の情報を盗むことも不可能でないかと」


「そもそも盗む情報とはなんだ?」


「ええと…」


 そこまでは考えていなかった。なんとなく情報を抜き出せばいいとは考えていたが、具体的な有益な情報となると何一つ思い浮かばない。


「人間の勇者の能力と王宮の軍の規模でございます。それも約一年で」


 俺はその内容に驚いた。俺にとっては初めての潜伏であり、俺は簡単にできる範囲で適当に情報を集め帰る気でいたのだ。しかしアンジェルスが挙げたものは、人間の戦力の核心をつくとても重要なもの。そう簡単には盗めない。しかもそれを一年で行うというのだ。

 アンジェルスを見ると、確信めいたものを秘めたまっすぐな瞳で魔王を見つめている。


「ほう…そこまでいうのなら許可しよう。まさか無策というわけではあるまい。船と金を用意する」


『ありがとうございます』


「期待しているぞ」


 俺たちは揃って頭を下げ、宮廷を去った。とりあえず目標を達成できたようだ。

 せっかく人界に行くのなら人間を滅ぼしたい、とは思うものの、今回はリアに会うために行くのだ。諦めることにする。

 それはそれとして、アンジェルスはどうやって情報を集める気でいるのか疑問でならなかった。


 出発前日の夜、俺は自室で荷物について考えていた。


「コンランス様、荷物は最低限でお願いします。私たちが行くのは異界といっても差し支えないような場所。魔物のものは持っているだけでもおかしいのですから」


「なるほど、参考にさせてもらう。どんなものを持っていくといいのか教えてくれ」


「基本的には路銀だけですね。潜伏は現地調達を基本に行います」


 極論何も持っていかなくてもいいということだった。


「そういうことなら俺は手ぶらで行こう。それでも構わないか?」


「はい、私が必要最低限の準備をしておきます」

 

 アンジェルスは部屋を出て行った。

 俺は特にすることがないので早めに寝ることにする。明日に備えて英気を養っておきたい。

 ベッドに横になると、部屋の隅で何かが輝いているのが目に入った。よく見るとリアの杖だった。


「目のつかないところへやったはずなのに…」


 渋々ベットから起き上がり杖を手に取る。もう一度杖を目のつかないところへやろうと思った時、ある考えが浮かんだ。

 もしリアにこの杖を返したら、彼女は喜んでくれるだろうか。

 だがそんなことをすれば、間違いなく憎む敵である人間を助けてしまう。本当にそれは良いことなのだろうか。

『英雄の物語』のように、俺は人間を滅ぼす英雄になりたい。そのためにはやってはいけないことだと分かっている。


「持っていくだけなら問題ないか…」


 今考えても結論は出そうにない。とりあえず持って行って考えることにした。

 杖をベットの脇に置き、再び横になる。

 考えが巡ってなかなか寝付けない夜だった。

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