新たな従者
「ところで、お前のところは従者が1人抜けているのだろう?」
「はい、白の勇者を従者として扱っていたので」
「ちょうどいい話がある。おい、あいつを呼んできてくれ」
父が近くにいた護衛に呼びかけると、護衛は一礼して宮殿を出て行った。
「ちょうど最近新しい従者を雇ったのだが、働く場所が見つからなかったのだ。お前のところで働かせてやれぬか?」
「俺は構いませんが、どんな奴ですか?」
「なに、くればわかる」
宮廷の入り口に先程の護衛ともう1人…どう見ても人間の女性と思われる人物がいた。
黒みがかった赤のワンピースを着て、かなりの面積の肌を晒す女。今まで俺が見てきたどの女よりも身長が高い。とても長い茶髪に、吸い込まれそうな薄く緑がかったの瞳。鼻筋が通っていて、線が細い。見えている肌の色は雪の白さを思わせる。
悪魔から見ても魅力的な人間の女性であることには間違いない。しかし、人間である以上は悪魔の敵であることには変わりがない。
「私にこの女を雇えというのですか?」
「不満があるのか?」
父はなぜだと言いたいという口調だ。
「当たり前です。俺は悪魔で人間が大嫌いだ。そんなやつを俺の近くにおいてなどという真似はできません」
「だが人間の白の勇者は近くに置いていただろう?」
「奴は俺にとって、初めての人間の獲物でしたから。俺の中では特別だったんです」
「と、このようにコンランスは言っているが?」
唐突に父は女に向かって話しかける。それに応じて女はワンピースの裾を掴み、俺に向かって一礼してから話す。
「ご安心を。私は人間ではありません。今からその証拠をお見せします」
女が俺に背を向ける。その背中から純白の大きな羽が現れた。羽から凄まじい量の魔力が溢れてくるのを感じる。こいつはなにかしら特別な存在だ。
「コンランス、見たか。あれがあの女が人間ではない証拠だ」
「証拠があるのなら初めから出しておけばいいものを、なぜ隠しておいたのですか?」
「お前が奴を人間ではないと見抜けるか試したみたのだ。初め私もこいつが人間ではないと知った時は驚いた」
見抜けなかったことが悔しくあるが、それ以上にこの女の羽の美しさに驚いた。
「私は悪魔側の存在です。人間に翼があるなどあり得ないでしょう?」
「確かにそうだが、隠していれば完璧に人間だ」
羽のない時はどこから見ても人間としか思えない。
「こいつはこの能力を使って人間の世界に紛れていたところを最近帰って来たらしい」
「それはどれくらいだ?」
俺は女に対して質問する。
「さあ、覚えていません。私は長生きですから、年月など些細なことなのです」
笑顔で女は応対する。その笑みには神々しさも感じるほど美しいものだった。
「質問したいなら後にしろ。別の場所でやれ。それで、お前はこいつを従者として雇う気はあるか?」
悪魔であるなら大丈夫だ。性格も今見た様子では問題なく、優秀な従者になれるだろう。
「ぜひ雇わせてください。人間でないなら大丈夫です。勇者がいなくなった分の埋め合わせで使わせていただきます」
「うむ、なら早速連れていけ」
「ありがとうございます」
女の手を取ると、俺は宮廷を後にする。そのまま自室へと連れて行った。
「疑問なんだが、お前はどうやって人間の世界で暮らしていたんだ? 魔物は人間の言語がわからないはずだ。生活に不便だっただろう」
「そんなことはありません。私の長年の研究の成果で、人間の言葉が使えたのです。人間と話すにはとても苦労しました。もっとも、人間は私が魔物だとは気づきませんでしたが」
魔物の世界でも、魔物が人間の言語を使えるのかという研究は長年行われていた。しかし成功例はひとつもない。それなのになぜ彼女はできたのだろうか。
「その研究について聞かせてくれないか」
「申し訳ございません。その資料などは大陸を渡るときに邪魔で置いてきてしまいました」
「それは非常に残念だが、ないものはどうしようも無い。それはともかく、明日から働いてもらうぞ」
「これから従者としてよろしくお願いします」
女は一礼する。所作は人間の貴族のものだろうか、優美な感じのする動作で文句はない。
「動きは完璧だな。他にどんなことはできる?」
「人界で常識となっていることならなんでも。ここは魔物の世界なのでどこまで通用するかわかりませんが」
女が挙げていったものの中には、人界でしか意味のないものが多かった。とてもではないが今のまま雇っても十分に仕事をこなせると思えない。
「残念だが今までの常識は忘れてもらうしかなさそうだ。ここでは通用しないものだらけだ」
「そうですか… もったいない気もしますが使えないならしょうがないですね」
「これから俺が教えていくから心配するな。ところで、タイミングがなく今まで聞いていなかったが、お前の名前は聞かせてほしい」
「あちらで住んでいたときの名前は使えないでしょうし、そうですねぇ」
「人界で使っていた時の名前でも構わないが」
「せっかくの新生活なので新しい名前にしたいんです。えーと…決めました。アンジェルスと名乗ることにします」
「それではアンジェルス、これから俺の従者として働いてくれ」
「喜んで務めさせていただきます」
アンジェルスを見ていると、人間に見えるせいかリアのことを思い出してしまう。またいつか会いたいという気持ちは前から全く変化しない。
「どうかされましたか」
アンジェルスの声で現実に戻される。どうやらリアのことを深く考えてしまったようだ。
「なんでもない。お前には今から多くのことを覚えてもらうぞ」
「喜んで」
そうして、俺はアンジェルスに従者としての仕事、魔界での常識などを教えていくのだった。
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