勇者との戦い

 勇者とオレが向かい合ったのは人間の軍の陣地だった。結局、赤の勇者が着地するまでオレは追いつけなかったのだ。


「彼女を返せ。それはオレのものだ」


「お前、魔物のくせに人間と会話できるんだな。なんか面白い奴だな」


「そんなことは今はどうでもいい。リアはオレの捕虜だから返せと言っている」


 レーグはオレを面白がるばかりで、本気で相手をしていないようだ。兜のせいで表情は見えないが、声からしてオレを舐めている感じがするので無性に腹が立った。


「白の勇者様を捕虜扱いとは、なんと罪深いことを」


「何が罪深いこと、だ。くだらない」


 オレたちは向かい合ったまま一歩も動かなかった。人間の軍の連中はある程度離れて見守っている。


「それで、白の勇者様を取り返しにきたってことだったよな?」


「そうだ。オレの捕虜をどうするのかはオレが決める」


「それなら、オレは全力で止めるだけだ」



 赤の勇者は真紅の剣の先をオレの首に向ける。リアを取り返したければ戦えということだろう。


「レーグさん、その方は魔王の息子なんですよ!」


「それはいいことを聞いた。戦うのが楽しみだ」


 リアの警告を受けても、レーグは楽しそうな様子だ。


 どちらが先に攻めるか緊迫した状況。オレは赤の勇者の隙を窺っていた。


「コンランスさんも、レーグさんもやめてください! ここで戦えば大勢の人が巻き込まれます!」


 人だかりの中からリアが現れ、オレたちの勝負は始められなかった。


「リア、声をかけるな。今からいい勝負をしようとしてたのによ。オレたち決闘の邪魔をするな」


「そうだ。オレたちの勝負だ。お前には関係ない」


「私のことを賭けて戦っているのに私は関係ないってひどくないですか?


『そういえばそうだったな』


 レーグとオレの声が重なる。オレたちは好敵手を前にして戦うことにワクワクするあまり、リアのことが頭から抜けていた。


「何はともあれ、こんなところで戦ったらダメです!」


「リアがそんなに言うなら仕方ないが、どうやって勝負すっかなぁ」


 レーグは呑気そうに言った。まるでオレとの勝負は退屈凌ぎであるような言い方だ。


「ちょっとちょっと! リアは連れてきたんでしょ。そんな悪魔は無視してもう私は帰りたいんですけど」


「まあそんなことは言わず、ここは大人なしく見ていた方がいいと僕は思いますよ」


 さらにリアの後ろから2人の人間が現れた。

 1人は黒髪の短い女だ。大きな黒い三角帽子が目立ち、リアとは対称的に軽々しい感がする。身長は周りの兵士より少し低いくらいで、体つきは健康そのものだ。

 もう1人はメガネと呼ばれるものをかけていた男だった。周りの兵士と背は同じくらいで、真面目そうな顔つき、おとなしめの声。持っている杖は黒魔術のものに見えるにもかかわらず、体は筋肉がはっきりわかるマッスルだ。


「おいロア、フラウを陣地の後ろに引っ込めておけと言ったよな?」


「すみません。全くフラウが僕の言うことを聞かず、私も前線に出たいと言うので…」


「だって私も戦争とかみたいし! 私だってちゃんと貢献できるんだからいいじゃない!」


 どうやら男の方がロア、女の方はフラウというらしい。

 後方にいるはずのフラウは駄々をこねてここまできてしまったようだ。


「全く…オレたち勇者4人の顔を知られたくないからお前らには隠れてろって言ったのに」



「それはありがたい情報だな」


「お前、それはずるいぞ!」


 レーグが墓穴を掘ってくれたおかげでオレは勇者4人全員を知ることができた。


「敵に情報を渡してどうすんのよ。レーグはいい加減だからモテないのよ」


「フラウ、今その話をするな」


「だって本当のことじゃない。こないだだって振られてたでしょ」


 レーグは少し落ち込んだようだ。魔物側のオレとしては、勝手に勇者が自滅してくれるのはありがたい。


「そんな話はここでするな。オレはこのダークエルフと決闘をするところなんだ」


「決闘するの⁉︎ 面白そうじゃん! それならいい場所を用意しなくちゃね。私たちも協力してあげる。ロア、やっちゃって」


「全く、人使いが荒いんですから…アイス・ビューネ!」


 呪文を唱えると、オレとレーグを囲むように氷の壁ができていく。みるみるうちに氷は大きくなっていき、一つの氷の闘技場ができていた。


「これなら完璧だな。思う存分暴れても誰にも被害が出ない」


 レーグは剣を振り回す。十分な広さがあり、壁に剣が当たると言うことはなさそうだ。


「早く始めちゃってよー」


「2人とも、大怪我しないでくださいね」


 リア、フラウ、ロアの3人のみが闘技場の観覧席にいた。フラウはワクワクしている様子で、ロアは心配そうに彼女を見つめている。

 リアはオレたちを心配しているようだ。魔物のオレにも気遣ってくれるところに彼女の優しさを感じる。


「それで、始めるということでいいな?」


 最前線からまた人間と魔物の叫び声が聞こえ始める。また戦いが再開されたのだろう。できるだけ早く決着をつけて被害を最小限に抑えたい。


「ああ、こちらの準備はできている」


 腰の鞘から剣を抜く。オレの剣は特別製で、最高級の金属に魔法加工を加えることで作られる一級品だ。


「それじゃ、始めますか!」


 レーグはオレに向かって突進してきた。オレは剣を抜いて受け止める構えを取る。

 受け止めはしたものの予想外にレーグの剣は重く、オレは闘技場の壁に叩きつけられてしまった。闘技場の壁が少し崩れた。痛みはない。

 レーグはすかさず追撃に出る。オレがいるところに横凪の一閃。オレは転がってスレスレで躱す。そのまま足払いをかけてみるものの、あっさり避け、オレから距離を取る。


「まさか魔物の王子がこの程度なんてないよな?」


「もちろんだ。この程度怪我のうちにも入らん」


「次はそっちから来いよ」


 剣を構え直し、オレとレーグは向かい合う。

 オレは剣を振りかぶると、そのまま相手の兜に振り下ろす。レーグはオレの剣を横から叩き、軌道を逸らそうとする。剣が当てられないと判断し剣に込める力を緩めると、そのまま蹴りを加える。

 これにはレーグも予想外だったようで、鎧に一撃が入った。


「さすがは魔物の王子。なかなかやるじゃねえか。まさか蹴りがくるとは思わなかったぜ」


「お褒めに預かり光栄だ」


 それからしばらくオレたちの決闘は続いた。縦横無尽に剣をふり、時には体術を交えていく。お互いある程度のダメージを与え合っているものの、決定打となるものはなかった。


「そろそろ飽きてきたんだけど。早く終わってよ」


「お二方に失礼ですよ。やめなさい」


 フラウの発言にロアは注意する。フラウはオレたちの決闘を見るのに飽きてきたようだ。


「いいけげん決着つけてくんない? レーグ、手ぇ抜いてんのわかってんだからね」


「もう少しだけ遊ばせてくれてもいいじゃねえか」


「私が飽きたからダメなの」


「ほんとお前はわがままなんだから…というわけで、ダークエルフさんよ、ここで死んでくれ」


「嘘を言うな。今まで拮抗していたが、その時でもお前は精一杯だったじゃないか」


「今までは筋力だけで勝負して精一杯になっていただけだ。これからは能力も使う。それじゃ、本気で行くぞ」


 そう言うと、レーグは正面で剣を掲げる。


「我は太陽の子にして光を守護する者、万物を滅却せし太陽よ、光の力を持って我を守りたまえ。ゾネ・リヒト!」


 太陽からの光がレーグの持つ剣に集まっていく。真紅の金属でできた剣はさらに赤みを増し、剣は炎を纏い始めた。


 熱によって闘技場を形作る氷がレーグを中心に溶け始める。


「これが赤の勇者に受け継がれる秘剣の力だ。さあ、決闘を終わらせようか!」


 レーグは初めと同じくオレに突きを放った。若干動きが速くなったものの、2回目なので余裕で見切れた…はずだった。


「何っ⁉︎」


「これが太陽の恩恵だ!」


 レーグの剣がオレの剣を溶かしていた。オレはさっと後ろへ飛ぶ。体に刃が届くことはなかったが、異常なまでの熱量を感じた。


「レーグさん、その剣でコンランスさんを切ったら死んでしまいます! 試合をやめてください!」


 オレが圧倒的に不利だと感じたリアが試合をやめるように頼む。それほど赤の勇者に剣は恐ろしいものなのか。


「殺して当たり前だ。面白いからしばらく付き合っていたが、こいつは魔物だからな」


「でも、私にとっては特別な魔物です! 少なくとも殺していい相手ではありません!」


 リアは必死に訴えかけている。一方、退屈と言っていたフラウは寝ていて、ロアが起きるよう説得していた。


「リアにそこまで言われたら殺すわけにもいかないな……って言っても、こいつが敵なのは変わりない。気絶させるだけで済ませてやる。リアに感謝するんだな」


「そんなことを言われなくてもいつも感謝している。リアはオレの最高の従者だからな」


「くだらねえ、ここでくたばってろ。太陽よ、光の速さを我に授けたまえリヒト・シュネリヒカイト!」


 詠唱を終えるとレーグが今までとは桁違いの速さで切りかかってくる。初めの数回は捌けたものの、とても防御が間に合わない。


「しばらく眠ってな」


 一瞬の隙をついて、オレの頭にレーグは炎が纏われていない剣の柄で一撃を叩き込んだ。その衝撃でオレの意識はだんだんと薄れ始める。


「コンランスさん!」


 リアの叫び声が聞こえる。リアを取り返したかったが、魔王でも恐れる勇者相手にそんな都合よくいくわけがないか…

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