第77話
難なく里に潜り込んだリツは集会所の屋根に登り、足音を立てないように足を多めの闇で包み込む。
(勇者として活動していたから使うことなかったけど、闇魔法ってすっごい便利だなあ)
リツは闇魔法を使いながらその利便性に感心していた。
自らを隠す、足音を消す、周囲を察知するなど用途は多岐にわたり、ダークルの協力のおかげで使い勝手もかなりいい。
(昔だったらそんな力を使うのは勇者失格だ! とか言って怒られただろうなあ……)
ふと昔を思い出して小さく口元だけ笑う。
勇者の頃は、その力だけでなく品格も求められることが多かった。
人がいるところでは光の魔法しか使ってはいけない。
言葉遣いは気をつけないといけない。
貴族には敬意をもって気を遣う必要がある。
勇者というだけで普通の冒険者とは違う目で見られ、それは関係あるのかというくらいにはこと細かい注文が多かった。
しかし、自由になった今となっては人の目を気にすることなく、闇の力を使うことができる。
(きっと、あいつもこんな状況になっていることを想定してダークルを残してくれたんだろうな)
ソルレイクのことを思い出したリツがチラリとダークルを見ると、どうして見つめてくるのかわからずにきょとんと小首をかしげている。
ソルレイクもリツが置かれていた状況をもちろん知っており、そんな人間のことを愚かだと言っていた。
更には、エルフたちも自らを高貴な種族だと思っている者が多く、そちらに対しても苦言を呈していた。
(それはそうとして、どうやら陽動は成功しているみたいだな)
ダークルを指先で撫でながらセシリアのほうへを意識を向ける。
かなり離れた位置にいるにもかかわらず、里の南の方向からセシリアが戦っている音が聞こえていた。
そちらに多くの戦力が向けられているため、南以外は基本的に手薄になっている。
更に、そのダメ押しをするために族長であるテリオスが敵襲について報告したり、隙を見て仲間に声をかけていた。
これらによって、リツがいる集会所周辺は最低限の見張りがいる程度である。
しかもそれらはすべて闇魔法で動きや現在地を把握しているため、誰もリツがここにいることを知らない。
(さて、あそこの窓から入るか……)
リツは誰からも認識されていないため、静かに窓をあけて入っていく。
鍵がかかっていたが、それも闇魔法であけていた。
中にはダークエルフたちがとらえられていた。
女子供老人ばかりで、皆身を寄せ合うようにして外の騒がしい物音に何事かと怯えているように見えた。
「……?」
その中で、隅の方にいたダークエルフの若い青年の一人が、その変化に気づいてリツのほうへと視線を動かす。
彼はダークエルフの中でも魔力感知能力が高く、空気の揺らぎを感じていた。
「(しーっ)」
声を出してほしくないとリツが口元に手をあてると、彼は無言で何度も頷いて見せる。
「――俺はリツ。あんたらの族長テリオスに頼まれてここに来た」
風魔法で周囲に聞こえないように彼だけにささやくようにしてリツはしゃべる。
それを聞いた青年は、一瞬考えを巡らせて、すぐに小さく頷いた。
リツも彼の目が理解の色を帯びたのを悟って、手をゆっくりと離す。
「どういう状況でしょうか?」
外でなにかが起こっているのは彼も感じていた。
そこへやってきたリツがなにか知っているのだろうと冷静に問いかける。
「里の南で俺の仲間が暴れているんだ。見張りのやつらはほとんどがそっちに向かっているはずだよ。それと同時に東側からはテリオスが入って来ている」
テリオスの名が再び出て、しかも里に戻って来ていると聞いて彼が驚く。
「兄さんが来ているんですか……」
(なるほど、兄弟か。目元に面影がある……)
リツから見ても二人は似ているように見えた。
「僕はテリオスの弟のミゼルです。僕らはどう動けばいいですか?」
宿泊所には総勢で五十人ほどのダークエルフが閉じ込められていた。
そんな彼らに族長の弟であるミゼルは指示を出すことができる立場にいた。
「敵は分散している。だけどこの周辺にはまだ見張りがいるはずだ。だから、話がついたら俺がここから飛び出してそいつらを片付けていく。そのあとに続いてもらいたい」
「わかりました」
リツの提案にミゼルはなんの迷いもなく頷いている。
「……いいのか? 俺が何者なのかわからないのに即答して」
物分かりが良すぎるため、リツは怪訝な表情になる。
テリオスが最初気の強そうなタイプに見えたため、ミゼルの冷静さが特に際立って見えた。
「兄の名前を出したことや、外でなにかが大きく動いていること、そしてこんな場所に入り込めること、それとあなたから強い力を感じること――すべてを考慮したうえで、信頼できると考えました」
一瞬のうちにその判断を下したことにリツは感心している。
「あと、今の状況は決していい状況とは言えません……兄たちも行動を強制されていますから。その状況を変える一手を打てるのであれば神でも悪魔でも協力したいと思っています」
淡々としながらもミゼルの目にはしっかりと強い光が宿っていた。
ミゼルはエルフ、ダークエルフには珍しく現実主義者であり、誇りよりも里の人間の幸せを願っていた。
「わかった、それじゃみんなへの説明を頼めるかな。外に出たらなるべく敵を倒していくから、他の場所に閉じ込められているやつらを解放してやってほしい。それができたら西側の門へと向かって」
リツがここまできたなかで、西側は比較的手薄であるため、地の利を生かしながら人数で押せば乗り切れるという判断をしてミゼルにそう告げる。
力のない者たちでも、普段からダークエルフたちは狩猟生活で森で動くことには慣れている。
ミゼルはしっかりと記憶に残すように集中しながら、しっかりと頷いて返した。
「あー、あと武器があったほうがいいか。とりあえずシンプルな弓を……こんだけ。矢は……これくらいしかないかな。それからナイフがこれくらい」
適当に空間魔法からリツが次々に武器を取り出していくため、ミゼルは目を丸くしてみている。
弓が二十、矢が五百、ナイフが十五――これがリツが取り出した武器だった。
さすがにこれだけの武器が突如どこからか出現すれば、他のダークエルフたちもリツの存在に気づいていく。
それまで気づいていなかったリツの姿を見たダークエルフたちは人族である彼を見て困惑の表情を浮かべている。
「みんな気づいたみたいだね……ミゼル、頼んだよ」
「はい、わかりました。これは僕の仕事なんで任せて下さい――みんな、ちょっと話を聞いて欲しい!」
やや大き目の声でミゼルが説明を始めていく。
外に声が漏れ出ないように、リツは風魔法の範囲を広げて障壁をはっていた。
最初は抵抗を示すものもいたが、全員が共通してこの状況を良しと思っていなかったため、すぐに全員が覚悟を決めることとなる。
「さて、俺のことは信頼してもらわなくていいよ。だけど、ミゼルの言葉は信じられるだろうから、彼の指示に従ってほしい。俺はただ獣人たちを倒すことで結果を見せるとするからね……それじゃいいかな?」
ずっと打開策が見えなかった現状を打ち破れるかもしれないチャンスをつかんだダークエルフたちは、リツが用意してくれた武器をもって気持ちの入った表情で頷く。
「――さあ、反撃の始まりだ」
ダークエルフたちの先陣を切って前を進むリツは集会所の扉を蹴破って、勢いよくそのまま飛び出した。
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