第71話
「なるほど、テリオスの反応を見る限りそのティグフルスってやつがダークエルフの里の者たちを人質にしている魔王ってことかな」
リツはちらりと横目で離れているテリオスの表情も見ており、そこから判断していた。
「…………そのとおりだ」
マルガは気まずそうに視線を逸らす。
彼自身もダークエルフであるにもかかわらず、ダークエルフの敵であるティグフルスに力を貸すのは背任行為だとわかっているため、どこか苦虫を噛み潰したような表情だ。
「貴様はなぜこんなことをした! なぜ魔王に魂を売った! なぜ、我々の監視をした! なぜ、なぜ……」
悔しさいっぱいの表情をしたテリオスは自分の手が傷つくこともいとわずに地面を思い切り殴りつけながら、仲間だと思っていた男が裏切ったことに悲しみと怒りを覚えて叫んでいた。
「ふん……! 俺はお前が族長であることをそもそも気に入らなかったんだ。お前が族長として認められたことでフスラはお前と結婚することになった。俺の方がお前なんかよりも優秀なのに、お前だけが周りから認められていった! ……そんなこと、許せるわけがないだろうが!」
そんなテリオスを憎らしげに睨みながらマルガは叫び返す。
二人は幼馴染で、小さい頃から一緒に行動しており、比べられることも多かった。
小さい頃はマルガが評価されることが多かったが、大人になると評価は逆転していたようだった。
しかもずっと想っていたのであろう相手もテリオスに奪われたと思ったマルガは一人傷ついていた。
「はあ、たったそれだけのことで里を裏切ったのか……魔王が優勢な間は、部下にいれば美味しい目にあえるかもしれないけど、魔王が負けた時に里に戻れないのはきついんじゃないのか?」
いくら嫌な思いをしたからといって、そうまでしてやることだったのか、とリツはため息交じりだ。
魔王側についた男を、里のものたちが再び迎え入れるとは到底思えない――そう考えるとリスクしかないように思われた。
「う、うるさい! 魔王様が負けるわけがないだろうが! どうせダークエルフの里は魔王様に燃やされるんだ! だから、ここも燃えなくちゃいけないんだ!」
自分でも冷静になると思うところがあるようだったが、傷ついている心につけこまれ、完全に魔王の言いなりになっているマルガの言動はめちゃくちゃだった。
(――にしても、ダークエルフの里が燃やされて、エルフの里も燃やされるとか完全に物語の話だな……)
エルフの里を燃やすという話を聞いて、現代の物語でよくある話だと、内心薄笑ったリツはどこか面白く感じていた。
「まあ、そう考えたのはいいとして……実際に、この森が燃やせると思ったのか?」
リツの質問にマルガだけでなく、エルフもダークエルフも首を傾げている。
実際、森からは火の手があがっており、今も煙がもくもくと立ち込めていた。
現在進行形で燃え広がっているように思える現状になぜそう問いかけられたのかわかっていない様子だった。
「確かに燃えている場所はあるけど、ほらよく見てよ……あの木とか」
リツが指さした先には、火をつけられ燃えている木がある。
全員がなにを言っているのかと怪訝な表情でそれを見ていると、表面上は燃えている木の火は次第に弱まり、自然と消火されていく。
「「「「「!?」」」」」
なぜこんなことが起きているのか誰も理解できず、驚愕している。
「ははっ、ここはソルレイクの里がある森だぞ。ただ巨大化させてただけだと思っていたのか? こうなることも想定済みさ」
里が狙われていることを察していたソルレイクは、世界樹を中心としたこのあたり一帯の森にいろんな対策を施していた。
火に対しての耐性を付与しており、少し火をつけた程度では燃やすことはかなわない。
「相当強力な火魔法でもなければ、ここにある木を燃やすのは難しいよ。それこそかなり強力な魔法や、消えることのない火でも用意しないとな」
ソルレイクが残した対策がちゃんと効果をなしていることにふっと笑ったリツの指摘に、全員が燃えている火種を次々によく見ていく。
それらは、元々のたいまつの木部分だけが燃えており、家や木には影響をもたらしていなかった。
「簡易的な住居だけど、建てるのに使っている木材がこの森のもの。となれば、家も当然燃えないというわけだ。結論、この里を燃やすのは無理だ」
リツの言葉にマルガは項垂れ、エルフたちは安堵し、ダークエルフもホッとしている。
「さて、こいつの処遇をどうするかだけど……」
自分が倒したからといって、リツがその判断を下すのは色々と問題があると思い、レイスに視線を送った。
「――わ、私に決めさせてもらってもよろしいか?」
だが先に口を開いたのはレイスではなく、テリオスだった。
「えっ?」
リツは思ってもみなかった名乗りに驚いている。
今回の件、確かに監視役をしたり後押しをしたりしたのはマルガである。
しかしながら、テリオスをはじめとするダークエルフたちも人質をとられ、結果として森が焼けていないとはいえ、エルフの里を襲った張本人たちである。
「いや、テリオスたちにはそんな権利はないだろ?」
だというのに、マルガの処分を任せてくれというのは虫のいい話である。
「うぐっ! し、しかし、マルガは我々ダークエルフの里の一員であり、その彼がしでかしたことを私が罰するというのは当然のことで……」
確かにこの部分だけ聞けば、テリオスの言葉には一理あった。
「いや、無理だろ。村を襲うことを監視していたのはこいつだとしても、実際に村を襲ったのはマルガだけじゃなくてテリオスたちもだ。そもそも、お前たちも処分の対象で、今も捕まっていることを忘れるなよ」
リツは呆れてしまい、甘い考えを口にするテリオスを注意する。
「だ、だが……」
なんとか食い下がろうとするテリオスだったが、それ以上の言葉が出てこない。
「それでは私からならよろしいでしょうか?」
「あぁ、もちろんだ」
レイスからの言葉に、リツは素直に頷く。
今回の最大の被害者はエルフたちであり、そのエルフの代表のレイスの言葉ならば聞く耳を持つつもりだった。
「彼は闇の力に飲み込まれていたから今回の行為に至ったのではなく、もともと村を襲う側に賛同する思想を持っていてそこに闇の力が加わったんですよね?」
「……あぁ、そのとおりだ」
レイスの問いに、テリオスが答える。
「ならば、彼には同情の余地もありません。死んでもらうか、それに近い刑罰を与えるべきだと思います」
自分や仲間が襲われ、傷つけられた、そんな状況であるため、レイスも冷静に判断を下す。
「じゃあ、こいつはそれで決定として、ダークエルフのほうはどうする?」
「そうですね……」
ニヤリと笑うリツの言葉に、レイスも口元に笑みを浮かべながら考えたそぶりを見せていた。
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