第70話


「GAAAAAアアアアアア◆△ガがああああ□ー」

 リツの光の力によって切られたマルガは、およそこの世のものとは思えないような叫び声をあげている。


 闇の力によって包まれた彼の身体。

 その力がリツによって断ち切られた角の断面からあふれ出すように噴出していく。


「まあ、こんなところか。にしても……この出てる魔力勿体ないな。ダークル、デカくなってもいいから吸収できるか?」

『きゅきゅ!』

 ただ霧散してしまうだけの闇の魔力をじっと見ていたリツがそういうと、ダークルは了解と返事をして浮き上がり、飛び出している魔力をごくごくとすさまじい吸引力で吸い上げ、飲み込んでいく。


 相当汚染されていたのか、マルガはかなりの量の魔力を内包しており、それらが全てダークルへと吸収されていく。


「おー、すごい」

 手のひらサイズだったダークルがどんどん膨れ上がっていき、ついには十メートルほどのサイズにまでなっていた。


『けぷ』

 さすがに量が多すぎたらしく、もうこれ以上は食べられないと小さく浮遊しているダークルは苦しそうにしている。


「よしよし、よくやってくれた」

 リツはそんなダークルの身体を優しく撫でていく。

 吸収した魔力は、リツにも分け与えられていた。


「ダークル、すごいな……」

 どれほどの魔力を吸い込んだかを実感したリツはダークルに感心している。


 角がマルガに与えていた魔力をそのままリツが吸収すれば、邪悪な力を多く含んでいるため、苦しんでしまうこととなる。

 しかし、ダークルは自らがフィルタとなってリツにとって害にならないように変換してから渡していた。


『きゅっきゅきゅ!』

 契約しているリツに悪いものを渡さないのは当然! とダークルは胸を張っており、リツの役に立てたことを喜んでいるようである。


「ア、アアアア……」

 角の断面から闇の力が全て抜けきったマルガは、呆然とうつろな眼差しで膝をつき、うめき声をあげている。


 本来ダークエルフは神聖な種族であるため、闇の力は反属性であり、それを受け入れれば身体への負荷は計り知れない。

 しかもマルガが受け入れていた闇の魔力の量は並大抵のものではない。

 角の力を受け続けている間は、それが守ってくれていたが、二本ともリツによって切り落とされた今となってはただただ闇の残滓によって身体を傷つけられてしまっていた。


「……さて、それでお前に指示を出したのはどこのどいつだ?」

 見下ろすように目の前に立ったリツはマルガが苦しんでいても気にせずに質問をしていく。


「ダ、ダレガ、イウカ……!」

 苦しみながらも黒幕に忠誠を誓っているのか、黒幕が怖いからなのか、苦悶の表情を浮かべるマルガは答えない。


「……なあ苦しいだろ?」

 リツは方法を変えて、現在の彼の苦しみについての質問から始める。


「グ、グガア、ア、アタリマエダ……」

 なんとか言葉を絞り出すが、マルガはこれ以上言葉を発するのも辛い状況だった。


「――俺だったら楽にしてやれるぞ? その代わり、色々と答えてもらうことになるが」

 この発言が聞こえる範囲にいたエルフとダークエルフはざわつきをみせる。

 マルガにむけて残酷なことを言い放っている。

 そう考えて、止めるべきかと判断に迷っていた。


「マルガさん、とおっしゃいましたね。リツさんのいうとおりにした方がいいと思います。このままでは身体が崩壊して、魂まで崩れ去ってしまいますよ」

 静かに声をかけてきたのは、状況が落ちついたと判断して降りて来たセシリアだった。


 彼女自身の目から見ても、マルガはボロボロでありいつ死んでもおかしくない。

 それを精霊であるフェリシアはより顕著に感じ取っており、それをセシリアに伝えている。


「グ……! ラクニスルナド、コイツノテデ、シネトイウノカ……!」

 もう自分の身体が長くないこと、いつ死んでもおかしくないことをマルガ自身が一番理解していた。

 たとえ楽にできるといっても、それは痛みから解放されるイコール死しかないと思っていた。


「はあ……じゃあこれでどうだ?」

 信じてもらえるとは思っていなかったリツはため息交じりにマルガの腕に触れると、そこから身体を蝕んでいる魔力を吸い上げていく。

 するとそこだけ痛みがなくなった。


「これで左腕に関しては、魔力の影響がなくなったはずだぞ」

 もちろん吸収はダークルを介して行ったもので、自身には負担がいかないようにしている。


 更に、その腕を光の魔力でコーティングすることで再浸食しないよう、後処理まで行っていた。


「コ、コレハ、ウデガ、カルイ……!」

 全身が重く、口以外を動かすことができなかったはずなのに、今は左腕を動かすことができている。

 他の部位はまだ顔をゆがめるほどの痛みがあるが、左腕だけでも痛くなくなったことで気持ちが揺らいでいた。


「……で、どうする?」

 リツは驚くマルガにニコリと笑いかける。

 楽にしてやるというのが、死ではなく、治してやることができるという意味だとマルガは察する。


 もちろんこれには徐々に距離を詰めてきたエルフたちも驚いているようだった。


「さっきも言ったが、俺は苦しんでいるお前を助けて楽にしてやることができる。ただ、俺はお前が持っている情報を全部出してもらいたい……どうだ?」

 改めての質問にマルガは一瞬考えるが、すぐに深く頷く。

 この状態の自分を、黒幕が治せるわけがなく、目の前にいるリツ以外にその可能性を持っているものはいないと彼は理解した。


「最初から素直になればいいんだよ。とりあえず全部治したら逃げるかもしれないから……右腕以外の上半身を治すぞ」

 リツはそう言いながら顔や胸や腹のあたりまでを回復させていく。

 その間に逃げないようにセシリアが拘束用の縄で縛りあげる。

 そしてダークルの力を借りて闇の力を吸い出していく。

 先ほどと同じように、吸い出し終えた場所には光の魔力でコーティングをしていた。


「さあ、これで話せるよな。お前はなんでこんなことをしたんだ? 誰に頼まれた? 目的はなんだ?」


 矢継ぎ早の質問にマルガは戸惑いつつも口を開く。


「……ま、まずは、身体を治してくれてありがとう。俺はこのまま死ぬものだと思っていたから、本当に嬉しい、ありがとう」

 もう自分には後がないと思っていただけに、やけくそになっていた自分がいたことに気づき、マルガはしおらしい態度だ。


「俺はここより南に住んでいる魔王に指示を受けていた。エルフの森になにかがあればすぐに動くようにってな。そして、過去の勇者の影を感じたらすぐに殺すようにと――その代わりに俺のことを幹部にしてくれると言われたんだ」

 ここで、マルガは肩を落とす。

 改めて自分が起こした今回の騒動の愚かさと大きさを理解し始めていた。


「その魔王の名前は?」

「――ティグフルス……」

 この名前に聞き覚えの無かったリツはただ首を傾げるだけだったが、テリオスたちダークエルフは知っているらしく、そろって苦い表情でみな悔しげにギリギリと歯を噛みしめていた。




――――――――――

【後書き】

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