第66話
「ちなみにあんたは他のダークエルフよりも偉そうだけど、村長とか?」
戦闘に入るぞというタイミングだったが、どうしても気になったリツが質問する。
エルフ側でいうレイスのようなものならばトップとして話をしたいと思っていたからだ。
「……村長だと? そのような下賤な言い方をされるのは不愉快だ! 私は誇り高きダークエルフの族長テリオス! 誇りを失った白エルフなどに世界樹を任せるわけにはいかない!」
「そうか」
怒り交じりのテリオスは質問への答え以外も口にしていたが、とりあえずの回答を得られて満足したリツは、すっと戦闘態勢に入り、剣を構える。
「俺はリツ、冒険者だ」
名乗りながらリツはそれ以上語ることはないと、走りだした。
「いけえええ!」
そんな彼に対して、向かってくるダークエルフの人数はおよそ三十人ほど。
「フレアアロー!」
「ウインドカッター!」
ダークエルフたちは陣形を組んで後方の部隊から複数の魔法が繰り出される。
「くらえ!」
そして真ん中の部隊は弓を構えて一斉射撃を行っている。
「ぬおおおお!」
前衛を担当するダークエルフたちが槍を投擲しながら新たな武器を構えて突撃してきていた。
連携してダークエルフたちから繰り出される攻撃は前衛たちの行動を邪魔することなく、全てリツに向かっていく。
遠距離攻撃だけでも一人を攻撃するには過剰だったが、それだけでとどめをさせると油断することなく、前衛の槍部隊がリツに襲い掛かる。
(入り口のほうのやつらと比べて、こいつらは質の面でかなり上だな)
多数の攻撃が向かってきているのにもかかわらず、リツは冷静そのものだった。
彼の分析のとおり、彼らは族長テリオスの護衛を担当している近衛部隊であり、ダークエルフの中でも抜きんでた実力者集団である。
「ウインドウォール」
それに対してリツが使ったのは、風の障壁。
その魔法は特別強力なものではなく、風魔法が使えれば誰でも使えるという初歩的なものである。
リツの前に緑の薄い風でできた膜のような障壁が展開された。
「ふん、その程度の魔法しか使えないのか?」
離れた場所で見ているテリオスはリツが使った魔法を見て、鼻で笑う。
あの程度の魔法を使ったところで近衛部隊の攻撃を止めることは無理である。
そんなことは子どもでもわかる。誰もがそう考えていた。
「……ブースト」
ふいに呟かれたリツの言葉。
それがなにを意味するのか、レイスをはじめとするエルフにも、テリオスたちダークエルフにもわからない。
ブーストとは、リツが勇者時代に作り出した魔法で、属性としては付与魔法にあたるものである。
その効果は、対象をブースト――強化するもので今回のブースト対象はウインドウォール。
リツが先ほど風魔法によって作った魔法障壁である。
追い風を受けるように、リツの前方にある風の壁は、ブーストを受けて一気に巨大化する。
「――なっ!?」
それを見て、エルフ、ダークエルフの誰もが驚いている。
厚さ十センチ、高さ二メートル程度であった風の壁だが、今では厚さ一メートル、高さ十メートルにまで達していた。
「攻撃は一切俺には届かないよ」
魔法も槍も矢も全てが風の壁によって受け止められている。
「そして、それはお前たちに届く」
リツがくるりと指を回すと、ダークエルフたちの攻撃全てが向きを反対にかえて風によって勢いをつけて戻っていった。
「うわあっ!」
「なんだ!」
「俺の槍が!」
自分たちの攻撃が勢いを増して向かってくることに、ダークエルフたちは慌てふためいている。
攻撃を撃ち落とす攻撃をこの状況で冷静に繰り出すのは難しく、必死に避けることしかできない。
「ブースト!」
その対応をただ待っているわけがなく、リツは自分が作りだした風の壁に突っ込んでいき、自らも勢いよく射出される。
さらに、その勢いをブーストさせることで、一瞬のうちにダークエルフたちの真上へと移動していた。
「ダウン、バースト!」
リツは空から降り注ぐ、強力な気流。
それを魔法で自分を中心に生み出していく。
「ぐああああああああ!」
「う、うごけな……」
「呼吸がくるし……」
「…………っ!」
ダークエルフたちは全員が気流に押しつぶされて、意識を失っていった。
「さて、残ったのは離れた場所で悠々と見ていた誇り高き族長のテリオスさんだけとなったわけだけど……どうする?」
難なく着地して見せたリツはテリオスのほうへ振り返り、これを見て、まだやるのか? 相手に判断をゆだねる。
(まさか、あの入り口のやつみたいに単身で突っ込んでくるなんてことはしない、よな?)
ダークエルフが全員短絡的で、怒ると感情に任せて行動する以外できなくなるというのであればそれも考えられたが、テリオスは族長だと言っていたため、どう出るのかリツは冷ややかな眼差しとともに見る。
「……これは、こちらの分が悪すぎるな。今日のところは撤退させてもらおうか」
冷静に判断できるテリオスは、一息ついて背を向けると、リツとの戦いは選択せず、退却を選択する。
「これで、戦いが終わる……――よかった」
安堵しているのはレイスであり、テリオスも近くに残っている部下に、気絶した者たちを起こすように指示を出している。
「――ちょっと待った!」
しかし、このリツの言葉でその場の全員が動きを止めた。
「レイスはとりあえずこの場がしのげたことで安心しているみたいだが……俺は許してないぞ?」
この言葉とともに威圧を込めたまなざしをリツはテリオスにぶつけている。
それは有無を言わせない迫力を持っていた。
「は、敗北した我々にこれ以上なにを求めているというのだ……?」
これ以上の屈辱を味わいたくないテリオスは怯みそうになる震える身体を抑えるようにこぶしを握ってそう答える。
負けたから帰る。はい、これでおしまい――それがテリオス側の言い分である。
「いやいや、森をこれだけ燃やして、住んでいるとこまで燃やして、エルフの中には怪我をしているやつがいたよな。あと、お前の部下と連れて来た魔物がここにくるまでに俺に手を出してきた。あと、お前たちも俺に襲いかかってきた」
何の弁償もなしにただ帰せるほどの状況にないことを、リツが事実とともに淡々と口にしていく。
改めて言われると、ダークエルフたちがかなりとんでもないことをやらかしているのがわかる。
「そ、そのとおりです!」
それにレイスも気づいて声をあげる。
「というわけで、ダークエルフのみなさんには残ってもらって損害賠償やお詫びや目的を話したり、色々とやってもらおうかな」
逆らえないような雰囲気とともに手を合わせてリツはテリオスたちに向かってニコリと笑う。
「い、いや、我々にもけが人はいるので、帰ろうかと……」
なんとか、この場を逃げ延びようとテリオスが数歩後ずさった。
その足元に、矢が突き刺さる。
「……ひっ!」
先ほどまでほこり高いと言っていたテリオスは突然現れた矢に緊張の糸が切れたのか、驚いてしりもちをついてしまう。
「それは俺の仲間の攻撃だ。上から見張ってる。というわけで……逃げないように」
目だけ笑っていないリツの心底冷たい声にテリオスたちは凍りついて、肩を落としていった。
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