第49話
「さて、装備に関してはそんなところだけど、それよりも箱の中のこれが問題だね……」
リツが苦笑しながらも開いた一枚の地図。
そこには各国にいる現在の魔族の居場所が記されていた。
「問題、ですか……? これといって不思議なところのない地図のように見えますね――現代の魔王の居場所も記載されて……」
そこまで口にして、リツがなにを問題と考えているのかをハッとした表情になったセシリアは理解した。
「そうなんだよ。この地図は恐らく俺が勇者時代に魔王と戦ってからそれほど時間が経っていない時に作られたもの。そして、現在の魔王が現れたのはそれほど経っていないと聞いているから……」
つまり、ソルレイクは当時から魔王がそこに現れると思っていた。
もしくはその場所にはなにか特別なものがあると予想できる。
「まあ、この地図の場所になにがあったのかをあとで調べてみよう。それ以外にも色々あるのは……とりあえず全収納ってことで」
一息ついたリツはこの場を後にすべく、世界樹の木の中らしき場所に置いてあるもの全てを収納していく。
最初目に付いたのは箱だったが、それだけではなく、ソルレイクが最後に集めてリツのためになればと色々残したものが周囲に置いてあったからだ。
「何度見てもその能力は便利ですよね……。木の上にいた時もあれだけの荷物を回収できたのはリツさんのその力のおかげですし、こうざざっと一気に回収できるのに出す時は分別しながら出せるのがすごく便利です!」
セシリアはそのリツの様子を見てあらためて感心したようにため息をこぼす。
この世界にもマジックバッグというものがあり、多くの荷物を収納できるカバンだが、ここまで自由度は高くない。
「だよね。俺もこの力を使えるってわかった時に、どこまで便利にしていけるか色々考えてさ。そのままだと容量も小さかったし、自分で意識したものを一つずつしか入れられなかったからなあ」
リツは勇者時代、この能力を手に入れてからというもの、どうすればもっと使い勝手がよくなるか試行錯誤してカスタマイズしていっていた。
仲間とも相談し、収納能力は最初の時と比べて圧倒的にアップデートされている。
懐かしい過去の話をしながら周囲の片づけをしていたリツたちは、いまいる世界樹内部の部屋に変化がおとずれているのを感じ取った。
「――あ、あれ? なんだか最初より狭くなってきたような……」
部屋の中は物が片付いて広くなっているはずだというのに、セシリアは最初にここに来た時に比べて、なんとなく圧迫感が強くなってきたような気がしていた。
荷物が減った今のほうがスッキリして開放感が強くなるのが普通である。
「……確かに、これはまずいな。セシリア、ここから出るぞ!」
ソルレイクのことだから用事が済めば世界樹のように仕掛けを施しているかもしれないと思いいたったリツは急いで物をかき集めて部屋を空っぽにするとセシリアの手を取るようにして引き寄せる。
先ほど世界樹や森が元のサイズに戻るのに追われて逃げることになったが、それはこの場でも二人に振りかかろうとしていた。
「えっ……? えっ!? も、もしかして、私たち押しつぶされちゃいます!?」
リツに引っ張られて困惑しながらもその未来を予想してしまったセシリアは顔が青ざめ始める。
彼らの嫌な予感はぴたりと的中し、今もまさに徐々に壁が迫ってきていた。
「そうならないように、ほらこっちだ!」
荷物が片づいたことで、床にある転移用の魔法陣が姿を現しており、リツはそのままセシリアの手を引っ張ってそこに飛び込んだ。
それと同時に魔法陣がリツの魔力に反応して発動し、二人はそのまま外に排出される。
「――って、なんでまたこんな場所にいいいいいいい!?」
光に包まれたと思った次の瞬間、セシリアが感じ取ったのは落下する感覚と強く吹き付ける風。
転移した先は世界樹のすぐ外だった。
だが二人はなぜか世界樹が下に見えるくらいには高い位置に飛び出していた。
「リ、リツさあああん、なんであの人、こんなのばっかなんですかあああああ!?」
「な、なんかごめん!!」
ソルレイクのことだからリツならばなんとかするだろうといたずら心を発揮したことは想像に難くない。
過去の仲間のいたずらに巻き込まれたセシリアを抱き寄せて謝ると、リツは風魔法で落下をゆっくりさせていく。
「あー……なんていうか、あいつは魔法の天才で、今回みたいに世界樹を異常に成長させたりとか、世界樹の中に空間作ったりとか、とにかくすごいんだけどそれに周りを巻き込む癖があるんだ」
仲間の誰もが、当時のエルフの誰もが、ソルレイクは歴史に残る天才だと称賛している。
だが知っているからこそ、彼の悪い側面も身に染みているのだ。
「……すごいんだけど、バカなんだよな。その場その場の発想はすごく天才的なんだけど、あとあとのことを全く考えてなくてさ」
「は、はい」
巻き込まれたセシリアは苦笑交じりに頷いている。
リツが言うバカという言葉を否定する要素がないくらいに、今回の件で、直接会ったことのないソルレイクに対して悪いイメージを持っていた。
「……上で世界樹とか森が元のサイズに戻っただろ? あの時にあのバカは成長させる前の元の森をイメージしてたんだよ。あとでこのサイズに戻れば大丈夫だよな! って」
ざっくりとしたリツの説明に、思わずセシリアは言葉を失ってしまう。
「でもってさ、世界樹の内部が空洞じゃなくなったのも、中の荷物とか取り出せたら別にもとに戻ってもいいよな! っていう感じで、内部に誰かがいる時を想像していないんだろうな……」
やれやれと肩をすくめるリツを見て、ソルレイクがいかに用が済んだ後のことは一切考えていないことが伝わってきて、セシリアは呆れを通り越して困惑していた。
「で、外への転移魔法陣なんだけど……あれを設置した時って世界樹が成長したあとなんだよな。だから、転移先をデカくなった世界樹の葉っぱの上をしているんだよ」
「あ、あー……」
これを聞いて、ソルレイクが完全に詰めの甘い抜けた人物であるという像がセシリアの中で固まってしまう。
「世界樹内部に入れるのは元に戻ったあとのことなのに、転移先は元のサイズに戻る前って、あとのことをイメージしなさすぎなんだよなあ……それが原因でいつも仲間に突っ込まれてたんだけど、でもやっぱすごいやつでさ。さっきも言ったけど、今回のどれもがすごい技術で、実現するのは結構骨が折れることなんだよ」
困ったように笑うリツは呆れながらも、ソルレイクの魔法と発想と技術には感心していた。
彼の突拍子もない発想から生まれる魔法はどれも普通の人ならば完成すらままならないような夢物語なものが多い。
だがソルレイクはやると決めたらとことん追求するタイプで、しかも有言実行してしまうのだ。
「ふふっ……リツさんはソルレイクさんのこと、お好きなんですね!」
彼のことを話しているリツはどこかめんどうくさがりながらも笑顔で、仲の良さが伝わってくるものだった。
「ま、まあ、悪い奴じゃないし、意外と機転も聞くからな――うん、アイツは本当にすごいやつだったよ……」
そう話すリツの表情はどこか寂しげだった。
もう会うことはない、少しでも残留思念と話すことができたのも奇跡のようなものである。
寂しさはもちろんあるが、ひと目でも元気な彼の姿を見られたのは嬉しくもあった。
そんな話をしているうちに、二人はふわりと地上に降り立ち、村長たちにどこに行っていたのか心配されることとなるが、ソルレイクの名前を出すとすぐに納得してもらえていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます