第37話



「これまた懐かしい魔物が出てきたもんだな」

 どの魔物もリツからすれば、勇者時代に倒した経験のある魔物ばかりだった。

そのため、これらを現代では希少な魔物であるという実感はない。

 今この世界で冒険者をやっているものならば恐れてもおかしくない存在でも、リツは初見ではないため、対応もわかっている。


「まるで見知ったかのような物言いだな。そこまで強がりを私に言う者は未だかつていなかった……」

 内心驚きながらも感心したように操魔の魔王はリツのことを目を細めて見ている。


「――『なかなか面白いやつだ』とでもいうのか?」

 珍しい反応をする者に対して、そんな風に評されたのはリツの経験上これまでにも何度かあった。

 だからこそつまらなさそうにリツは操魔の魔王の目を見てはっきりと言う。


「……いや、生意気だ。先ほどからなんだ貴様の口の利き方は、私は魔王だぞ? 王に向かってそのような態度、看過することはできん。お前たち、その生意気な小僧を殺せ!」

 ハッと苛立ちを露わにした魔王は、呼び出した魔物たちに向かって腕を伸ばし、リツを殺すように指示を出す。


 魔物たちは操魔の魔王に使役されているため、彼の命令に逆らうことはない。

 操魔の魔王の能力は【使役】。ありとあらゆる魔物を支配し、意のままに動かすことができる。

 しかし、なぜか四体全てが最初の一歩を踏み出すことなく止まっていた。


「……ど、どうした? 早くその小僧を殺すのだ!」

 予想外の反応に戸惑いつつも、再度魔物たちへと指示を出す。


 それでも動く様子を見せない。

 そこで操魔の魔王は気づいた。

 先ほど呼び出した強力な四体だけでなく、グランドタートルですら丸くなったまま顔すら出さない。


「へえ、魔物たちはなかなか賢いみたいだな」

 魔物たちの反応にリツはニヤリと笑う。

 操魔の魔王に呼び出された時から、牽制するためにリツは威圧していた。


 リツの威圧はそこらの威圧とは格が違った。

 英雄の称号に加え、かつて勇者だっただけあり、膨大な魔力を持ち、五百年前の世界の覇権を握っていた魔王の魔力すらも吸収しているリツの威圧は現代の魔王の能力などに影響を受けないほどに強力なものだった。


「そっちが何もしてこないのなら、俺の方から始めさせてもらおう、か!」


 操魔の名にあるとおり、魔物を操ることが魔王の最大の能力である。

 それが効果をなさなければ真価を発揮できない。


 威圧で完全に場を掌握したリツは剣を構えて前に出る。


 魔王はこの状況にとまどっており、その一瞬の隙をついてリツは攻撃に転じる。

 一気に間合いを詰めたリツの剣による鋭い一撃が操魔の魔王に向かって振り下ろされる。


「そんなもの……!?」

 先ほどの衝撃波も素手で受け止めることができた。

 今回もただ剣で斬りつける程度でダメージを受けるわけがない――数瞬前までそう考えていたが、リツが放つこの一撃がこれまで感じたことのない強い圧力を放っていることに気づく。


 結果、慌てて回避行動をとることとなった。


「受けるかと思ったよ。まさか避けるとはね」

 リツが振り下ろした剣は地面に大きな亀裂を作り出している。

 その距離はおよそ十メートル、深さは底が見えないほどである。


「……なっ!?」

 もしこの攻撃を素手で受けていたら、地面と同じようになっていたかもしれない。

 そう思うと操魔の魔王の背筋に冷たいものが走る。


「呆けてていいのか?」

 その声が操魔の魔王の耳に届いた時には、リツは次の攻撃に移っており、横凪ぎの一撃が魔王へと向かっていく。


「ぐっ――タダでやられてたまるか……! 放て黒き魔力を!」

 険しい表情になりながらも操魔の魔王は慌てて闇の魔法で攻撃をする。

 闇の魔法とは魔王のみが使えると言われている特殊な魔法である。


 しかし、その魔法には弱点があった。


「魔王と戦うのにただの攻撃だけしてくるとでも思っていたか?」

 ニヤリと笑うリツ。

 その理由は剣に込められた魔法にある。


 それはとても珍しい、闇と唯一対抗できる光の魔法だった。


「光の刃!」

 操魔の魔王が放った闇の魔力球を真っ二つにすると、剣は途中で軌道を変えてそのまま魔王の頭部へと向かう。


「がはあああああっ!」

 次の瞬間バキンと大きな音をたてて、左の角が折り飛ばされる。


「が、あああ、あああああっ!」

 角が一本折られただけだが、操魔の魔王は苦しんでのたうち回っている。

 角が折れたところからは血があふれ出るように魔力が流れ出ていた。


「やっぱりその角が力の根源か……」

 操魔の力や闇の魔法を使うにはなにか特別な力を持っていないとできない、かなり特別な力である。

 それがどこから来ているのか、リツは対峙している時から黒豹の獣人が角を持っていることに疑問を持っていた。


 その推察は見事正解であり、角の切り口から力が漏れ出ている。

 二本の角が彼を魔王たらしめた力の根源であり、その一本が折れたということは力の大半を失うことを意味している。


「ぐ、ぐああああああ。くそっ、この力について知る者がいるとは……」

 右手で折れた角を押さえながら悔しそうに歯ぎしりしている魔王はリツのことを恨めしげに睨みつける。


「いや、別に知らなかったけどな。というか、ざっと見ただけで強い魔力を持っているし、獣人に角って怪しすぎるだろ……というわけで」

 なにを当然のことを聞いているんだろうかとあきれながらもリツは話している間に距離を詰めており、容赦なく素早く剣を振り、もう一本の角を切り伏せた。


「ぎゃああああああああああああ!」

 リツが切り落とした角の跡地から一気に黒い魔力が霧状に噴き出して霧散していく。

 それは操魔の魔王から力を奪い取っていた。

 彼が上げた叫び声は、今度は痛みや苦しみによるうめき声というより、すべてを失うことに対する恐怖心から来る悲鳴をともなったものだった。


「これで魔王としての力は全て失っていくことになるわけだな……」

 今も操魔の魔王の角の折れた部分からは物凄い勢いで黒い力が抜けていっている。


「――さて、お前たち。どうする?」

 リツが声をかけたのは、操魔の魔王の部下ではなく、彼が使役していた先ほどの四体の魔物だった。

 召喚された彼らは呼び出した操魔の魔王の魔力による影響力が弱まったせいで何をしていいのかわからず、じっとなりゆきをみていた。


「くるるるる……」

 そういわれても、と困った表情になっているのはフレイムバードだった。

 呼び出された中でもフレイムバードは知性が高い。

 リツの問いかけにも少し考えてみる者の、突然ここに召喚された魔物である自分たちにどのような選択肢があるのかわかっていない。


 他の三体も、先ほどリツに威圧された記憶のせいで大きな身体を小さくして不安におびえているように見える。


「とりあえず、お前たち程強力な魔物たちがこの大陸にいたら、悪さをしてもしなくてもいずれ討伐対象になってしまうはずだ。人々からすれば恐怖の対象で、見る人が見ればレアな素材の対象に見えるからな」

 ここから出て行くのはほぼ確定事項であるとリツが説明する。


 そのうえで、行き場がないであろう彼らに提案をする。


「俺と契約して、収納空間にいてもらうなんてのはどうだろうか?」

「くるる?」

 契約という言葉の意味はわかる。

 しかし、後半の収納空間という言葉にフレイムバードは首を傾げていた。


「俺は収納魔法というものが使える。あれは、俺が創り出した特別な空間に物をしまっておく魔法なんだ。それの派生で、普通に緑や水のある島のようなエリアも空間内に創ることができる。こんな感じで……」

 見たほうが早いだろうとリツは何もなかった場所に手をかざし、自分が作りだした空間へのゲートを魔法で作り出す。


「くる!」

 そこには、先ほどリツが言っていたような自然あふれるエリアがあり、それを見たフレイムバードは過ごしやすそうな場所が広がっていることに驚きながらも感動していた。


「あそこなら、海には魚がいるし、森には動物もいるはずだ。お前たちが過剰に荒らさなければ、俺の魔力によって環境も維持される……どうだ、俺と契約してみないか?」

「くるるるる……」

 リツの質問を受けて、フレイムバードは三体に振り返る。

 操魔の魔王の力は完全にもうないようで、これからのことを考えるとリツについていくのが得策だとフレイムバードは確信していた。

 彼らの中ではフレイムバードが一番賢いため、キマイラ、カトブレパス、ヒュドラは全ての決定をフレイムバードに任せるつもりであり、ただ静かに頷いた。


「くる!」

 そして、再度リツに振り返ったフレイムバードはゆっくりと頭を下げて、契約することを決断した。



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