第36話


 相手への威圧を兼ねてしばらくセシリアの遠距離攻撃をさせていたリツだったが、しばらくするとそれを背にしつつ、剣を手にして城に向かって再びゆっくりと歩いていく。

リツのかなり後方からセシリアによる遠距離攻撃で次々に魔物たちは倒されていた。


 何が起きているのか理解できない魔王軍側は、既に恐怖に支配されつつある。

 これはリツが狙っていた結果であり、想定以上のセシリアの腕前があればこそなりたっている結果だった。


(セシリアの攻撃、百発百中だな。あの弓を使いこなせているみたいでよかった)

 セシリアと風の属性を持つ世界樹の弓との相性はかなり良いようで、ただ矢を当てているだけでなく、確実に魔物や兵士の頭部を撃ち抜くことによって、次々と仲間が倒れている。

 その様子は、歴戦の戦士であっても恐怖と緊張を感じさせるもので、彼らは怯えたように冷や汗を流し始めている。


(さて、さすがにもうそろそろネタがばれるかもしれないから俺も動くとするか)

 そう考えたリツは、足を止めて剣を大きく振りかぶる。


「はああああああっ!」

 剣に魔力をこめ、見据える先は魔物がひしめく先、城の正門。

 リツと正門の間には、多くの魔王軍の兵士たちがいる。

 しかし、そんなことは関係ないと言わんばかりにリツは魔力を高めていく。


「ふっ――はあああっ!」

 気合一閃、振り下ろされた剣は魔力を伴った衝撃波を放ち、それは真っすぐ城へと向かって行く。


 リツが城に到着するまで、まだしばらく距離はあった。

 だから、この攻撃はきっと城まで届かないだろうと、兵士たちはあざ笑ってすらいた。


「っ……馬鹿者、避けろ!!」

 だが、ただ一人必死の形相で声をかけたのは兵士長だった。

 恐怖にこわばる兵士長の脳裏に浮かんだのは、つい先日城に襲いかかった謎の剣戟。

 あれは、姿が見えないほどの超遠距離から飛んできたものであったが、その時に感じたプレッシャーと同様のものを兵士長は感じ取っていた。


(へえ、気づくやつもいるのか)

 兵士長の反応を見たリツは嬉しそうにニヤリと笑う。

 前回と今回を結び付けられるだけの感覚の持ち主がいるのは、戦いにおいて楽しみに繋がる。


「どけ……」

 もうすぐ魔物たちにぶつかる、というところで、陰からぬらりと操魔の魔王が姿を現して衝撃波に立ち向かう。


「ふん!」

 突如姿を現した操魔の魔王は武器を持っておらず、ただただ手に魔力を込めてリツの攻撃を受け止めようとする。


「ぬおおおおお!」

 数秒の拮抗ののち、少し力んだ表情の魔王の力によって衝撃波は霧散した。


「……おおおおおっ!」

「さすが魔王様だ!」

「すごい!!」

 恐怖が去ったことでほっとしたように兵士たちは歓声をあげる。

 ここまでリツの存在に気圧されていたからこそ、魔王が力を示してくれたことは彼らに希望を与えていた。


「ふん……少しは戦う力を持っているようだが、魔王である私の敵ではないな」

 操魔の魔王は表情を変えずに、リツへと視線を向ける。

 その目は、先ほどの攻撃は一度見た。同じことをしても無駄だ。とでも言いたげである。


「いやあ、さすが魔王を名乗るだけのことはあるね。あれを素手で止めるのは悪くない」

(だけど、ちょっと物足りなさはあるかな……)

 そこらへんの雑魚を相手にするよりもよほど骨のある魔王本人が目の前に現れたことで、リツは嬉しそうにふっと笑う。だが内心どこかがっかりしている気持ちもあった。


 リツが五百年前に戦った魔王は、当時最強の力を持っておりリツだけでは決して勝つことができない、仲間の協力があったからこそ倒すことのできた相手である。


「ふっ、なかなか強がりを言う。私が貴様の攻撃を止めたのを見て恐れをなしているのであろう?」

 鼻で笑って一蹴した操魔の魔王はリツの攻撃を渾身の一撃だと判断して、リツの言葉が内心の動揺を隠すためのものだと考えていた。


「――恐れ? 自分より弱い相手に何を恐れるっていうんだ?」

 きょとんと一瞬言葉を繰り返したリツは真顔で首を傾げて質問する。

 リツが放った衝撃波はあくまで多くの攻撃方法の中の一つであり、防がれたところで痛くも痒くもない。


「ふん、その強気な態度がいつまで続くかな?」

「俺に本気を出させてくれよ。そうしたら、認めてやってもいいからさ」

 冷静に見定めようとする操魔の魔王に対して、つまらないものを見るように剣先を向けたリツは煽って苛立たせようとしている。


「よく吠える、死ねええええ!」

 操魔の魔王にはこれ以上、冷静に聞けるだけの忍耐力はなく、視線だけで殺す勢いでリツを睨みつけて走り出した。

 さすがは魔王と名乗るだけあり、怒りとともにあふれ出た魔力が彼の身体からオーラのように溢れている。


(さて、操魔という二つ名を冠しているということは力技が主体じゃないんだろ? 本当の力を見せてくれよな!)

 どんな攻撃が来るのか楽しみにしながら、それに合わせてリツも地面を蹴って、走りだす。


 黒豹の獣人である魔王の足は速い。

 しかし、リツも身体強化の魔法を使っているため、負けないほどの俊足で距離を詰めていた。


 一気に二人の距離は縮まり、ついに二人が接触する。


「せやあああ!」

 剣を振り下ろすリツに対して操魔の魔王は武器すら構えていない。

 獣人であるがゆえに肉体を武器にするのかとも思われるが、それにしても無防備過ぎた。


「いでよ、グランドタートル!」

 リツが剣を振り下ろした先に強固な甲羅を持つ亀が何もなかったところから突然登場する。


「うおっ!?」

 突如目の前に巨大な魔物が現れたことにリツは驚き、バランスが崩れてしまった一撃はその硬い甲羅によって弾かれてしまう。


「ふっ、どうした? 先ほどまでの余裕が消えたぞ?」

 対して、攻撃を防いだ操魔の魔王はリツの反応を楽しんでいる。


「いやあ、まさかそういう戦い方をするとは思わなかったからさ。さすがに驚いた……少しは楽しめそうだ」

 驚いたのは一瞬で、からくりが分かったリツには再び余裕が戻っている。


「ふん、まだそんな口をたたくか。いいだろう、私の本気を見せてやる! いでよ、フレイムバード! カトブレパス! キマイラ! ヒュドラ!」

 操魔の魔王を名乗るだけあって、彼はいともたやすく強力な魔物を次々と召喚する。


 炎でできた身体を持つ大きな鳥の魔物であるフレイムバード。

 強力な邪眼を持つ牛の怪物カトブレパス。

 獅子にヤギの頭と蛇の尻尾を持つキマイラ。

 九つの首を持つ闇の力を持つ蛇ヒュドラ。


 それらが操魔の魔王の周囲に現れる。

 どの魔物もこの時代において伝説級の魔物であり、見たことがある者はほとんどおらず、戦ったことのある者は当然のごとくいない。


 そう、唯一、ここにいるリツという元勇者を除いて……。

 

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