第6話 五百年後の世界に
魔物たちはリツの魔力を吸わせてもらって、満足するとそれぞれに戻って行った。
リツが好かれるのは彼の魔力が彼らにとって心地よいものであったためである。
武器をもらったゴブリンソルジャーは何度もリツについていきたそうにしていたが、住む世界が違うことを同じく武器をもらったオーガにも説得されて、渋々帰っていった。
「さてと、俺の能力のことはなんとなくわかった。あとは、今がいつでここがどこなのかを調べないとだな」
リツはそう呟きながら森で少し落ち着けるような場所を見つけ、木のふもとに腰をかけると、ライトから受け取ったカバンを開ける。
「ははっ、これはすごいな」
思わず笑いだしてしまった理由は、カバンの中身とカバン自体にあった。
カバンは一見して普通のリュックだったが、実際には大容量で時間停止機能付きのマジックバッグであり、大量の物資が詰め込まれていた。
食料、服、武器、魔道具などリツがこの世界で旅をするのに役に立ちそうなものがたくさんあった。
その中でもリツがありがたかったのは本である。
(歴史書、地図、風俗史……これをあの短時間で用意してくれたのか。すごいな)
これらはどれもこれもリツが知りたかった情報が載っているものだった。
(あの人、マジで転生者かってくらいやばいな)
そんな疑問を持つくらいにはライトのチョイスが的確過ぎる。
しかし、城でライトの後ろをついていくときに、こっそり彼を鑑定することでその可能性は潰していた。
わざわざ騎士隊長ともあろう者が一人の平凡な巻き込まれた者の手助けをしてくれた。
そんなことが本当にあるのか? と疑問に思ったため、案内してもらっている間に彼を鑑定していた。
しかし、そこには転生者関連の情報は見られなかった。
ただ先祖代々何らかの形で国に仕えているようで、由緒正しい家系であること以外、なにも出てこなかった。
リツの鑑定能力は最大限にまであがっているため、隠蔽も効かない。
ゆえに単純にライトが優秀な人だったという結論をリツは出す。
「ま、ありがたくもらっておくか。で、なになに……?」
もう別れてしまった人のことを考えても仕方がないと気持ちを切り替えたリツは歴史書を開いて今がいったい何年なのかを確認していく。
(っ……魔王が七人になっている。召喚の必要がある。少なくとも俺の顔は知られていない……)
そんなことを考えながら本をめくっていくと、目的のページへと到達する。
「……はぁっ!?」
リツは思わず大きな声を出してしまい、その声が森に響き渡る。
声に驚いた小鳥たちが急いだように空へと飛びたつ。
幸いなことに魔物たちは先ほどのやりとりで周囲にいないため、近寄ってくるものはいない。
(おいおい、俺が魔王を倒したのがこのガーラル歴352年だろ? それが三十年後に終わって、それで、今が……年号が変わって魔王歴473年?)
年表の最後には、ライトがいまの年号を記しておいてくれている。
これが示す事実……それは。
「五百年後の世界ってことか……」
リツにはわからないことだったが、彼はあの闇の空間にそれだけの長い間封印されており、女神がなんとか救い出すまでにそれだけの時間が経過していたということを理解した。
「そっか……みんなにはもう、会えないのか……」
さすがにこれだけの年月が経過していては、勇者としてともに旅をした仲間も寿命を迎えているのは想像に難くない。
どんなに長命な種族でも、五百年の月日は大きかった。
召喚されて右も左もわからない世界で、苦楽をともにした六人の仲間。
それは家族といっても差し障りがないくらいには強い繋がりを持っていた。
「――みんな、幸せな人生だったならいいなあ……」
大事な仲間だからこそ、大切な家族だからこそ、そう願ってやまない。
もう会えない仲間たちを思いながらリツは少しの間、晴天が広がる空を見上げていた。
しばしそんな感傷に浸ったあと、リツは再びゆっくりと本を読み進めていく。
(にしても、この歴史書。色々と抜けている部分があるな……)
七人の魔王が台頭したころから魔王歴という歴が使われるようになったようだった。
しかし、その魔王たちが何者なのか、どうやって出て来たのかは書いていない。
「ま、とりあえず今が五百年後ってのがわかっただけで収穫か。あとはここがどんな場所なのか……」
地図を開くとリツが召喚された城にライトの手によって丸が記されていた。
「こっちの地図と比較すれば……」
リツは収納空間から世界の地図を取り出して、ライトからもらった地図と見あわせていく。
街の数や場所などは五百年の中で大きく変化しているが、大陸の形は誤差レベルであるため、おおよその場所を掴むことができた。
「ここは西の大陸の、更に西のほうか」
この世界には大小いくつもの大陸があり、中サイズの西の大陸に召喚されたことがわかった。
(ここにも一人魔王がいるのか……どんなやつなのか探るか)
その大陸の東に向かうと魔王の城があると記されている。
別段魔王と敵対するつもりはなかったが、この世界で生きていくならば避けてはとおれない相手であり、現在どんな状況になっているのかは知っておきたかった。
「……とりあえず、この城を目指してみるか」
さっきまでいた城下町は決して悪いところではなく、むしろ良さそうな雰囲気だったが、あそこで活動していてはすぐに情報が城に届いてしまう。
(ばれたら面倒ごとに巻き込まれそうだからな。とにかく自由に動こう)
そうなった場合、リツが能力を隠蔽していたことがばれてしまうかもしれない。
だからこそ、あの街から離れるのは最優先事項だった。
未だ森の中にいるリツだったが、城があった方角に視線を向けて、じっと見つめた後、深々と頭を下げる。
気を遣って色々用意してくれたライト、召喚したことを申し訳なく思ってくれたエレナ姫、一緒に召喚された三人。
そんな彼ら、彼女らへの思いを込めて……そして最後には断ち切るように背を向けて森を抜けて行った。
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