五百年後に再召喚された勇者 ~一度世界を救ったから今度は俺の好きにさせてくれ~

かたなかじ

第一章

第1話 プロローグ


(ここは……)

 この想いの主である少年は、ぼんやりとした意識の中、身体がふわふわとどこかに浮かんでいるのを感じる。


 確かに覚えているのは、自分が高校二年生の将門律(マサカドリツ)だということ。


彼は勇者として異世界に召喚されたことがあった。

 その世界で魔王を討ち果たそうと剣を胸に突き立てた――と同時に闇に飲み込まれたところまではなんとなく覚えていた。


(俺は、魔王を倒せた、のか?)

 そのあたりが朧気であり、明確には思い出せずにいる。


(ここは、なんで……)

 思考がどこかぼんやりとしていて、冷静に考えることができない。


周囲は真っ暗で自分がどこにいるのか、立っているのか寝ているのか、周囲になにがあるのか、そのいずれも把握することができない。


 このまま闇の中に消えていくのかもしれない――そう考えた瞬間から、次第に思考が闇に溶けていく。


 そんな風に頭がぼんやりしてきたところに、小さな小さな光が見えてきた。


(あれは……光?)

 本当に小さなその光が少しずつ強くなっていく。

 それに合わせたかのように思考が徐々にクリアになっていくのを感じる。


『あなたは世界を救うために尽くしてくれました。こんなところで消えるべき人物ではありません……』

 リツの耳に聞き覚えのある優しい声が届く。

 それは彼がこちらの世界に召喚される際に、状況を説明してくれた女神の声だった。


(女神様? 俺はどうして……)

 こんなことになっているのか? その理由を尋ねようとするが、届かない――そう感じる。


『ごめんなさい、ここからあなたを出すだけで精一杯なのです……どうか、次は、自由な、人生を……』

 悲しげな女神の声が途切れ途切れになる。

 それに反して光はどんどん強まっていき、リツは全てを覆いつくさんばかりの強烈な光にのみこまれてしまった。


(わああああああああああああああ!)

 あまりに強い光であるため、思わず叫び声をあげてしまいそうになる。





「……えっ?」

 リツは自分がしりもちをついた音と感触に驚いて、思わず声がでてしまった。


 硬い床の感触が尻から伝わってきて、先ほどまでの暗闇や、魔王と戦っていたはずだった記憶との違和感を覚える。


(声も出るってことは、さっきいたところとは、ちが、う?)


「ここは……!?」

 慌てて顔をあげると周囲には大勢の人がおり、リツは光を失いつつある魔法陣の上にいた。


(どこかに召喚されたのか? それに俺の服……学生服に戻ってる)

 以前召喚された際にこの黒い学生服は捨てたはずだったが、汚れも劣化もなく、あの時の、召喚された時と同じ状態のそれを身に着けていた。


 しかし、召喚初期の状態に戻っているのは服装だけで、彼の顔立ちは同じ年齢の少年と比べても遥かに大人びており、歴戦の勇士といった様相であり、この状況にあっても冷静さがうかがえる。


 日本人特有のやや茶色がかった黒髪も、魔王城に突入する前に旅の仲間に短く切りそろえてもらった状態のままだった。


(前の国とは別の場所だな……)

 リツが改めて周囲を見ていくと、魔法陣を神官たちが取り囲んでいる。

 彼らは統一された法衣を纏っており、ここが異世界であることを感じ取らせている。


 神官たちの中央には美しいドレス姿の女性が額に汗を浮かべていた。

 彼女が少し動くたびに、美しい銀髪がたなびき、彼女を気遣う周りの反応からも特別な存在であることを感じさせる。


(状況からして、彼女は姫で、あっちの奥にいるのは王様ってところか)

 冷静になったリツは周囲をみながら状況を分析していく。


 魔法陣から少し離れた位置に、赤い豪華なマントと王冠を身に着けた顎鬚をたくわえた男性がいる。

 こちらも銀髪であり、顔立ちから高貴な雰囲気が感じ取れる。


「おぉ、エレナ。四人もの勇者を召喚するとは、見事だぞ!!」

 王様と思われる人物が、召喚の中心人物であるエレナ姫に嬉しそうに声をかける。

 豪奢な服を身にまとった彼の頬は紅潮しており、興奮していた。


「あ、ありがとうございます。まさか、これだけの方々が私の祈りに応えてくれるとは思ってもみませんでした……!」

 王に褒められたエレナは疲労の色を浮かべながらも、笑顔を見せる。


(なるほどな、この魔法陣と神官たちの魔力を使って、姫が召喚の魔法を行使したのか。にしても、四人、か)

 魔法陣の上にはリツ以外にも一名の男子生徒、二名の女子生徒の姿があった。


 リツとは違う制服――いわゆるブレザーを身に着けており、彼ら三人は別の学校の生徒であることがわかる。


「こ、ここはどこなんですか!」

 そう声をあげたのは、火野慎吾。

 赤みがかった短髪の彼は運動部なのか、ブレザーの上からでもわかるほどに引き締まった肉体をしている。

 リーダーというわけではないが、三人の中で唯一の男ということもあって二人を守るように意識していた。


「な、なんなの? 変なコスプレなんかしちゃって、そういう集まりなの?」

 ショートカットで少し気の強そうな紺色の髪の彼女は風間結。

 空手を習っている彼女は、警戒するようにもう一人の女子生徒をかばいながら、いざとなれば自分が暴れて二人を逃がそうと考えている。


「こ、怖い……」

 気の弱そうな茶色のロングヘアの彼女は水上かなた――いわゆるお嬢様育ちで守られることが多い。

 今も結の後ろで袖口に顔を隠し、泣きそうな顔で震えている。


「うむ、状況がわからなければそのような反応にもなろう。執事長よ、みなさんに簡単な説明と飲み物を、そののち謁見の間へと案内してくれ。それでは失礼する」

 そう宣言すると王はマントを翻してこの場を後にする。


 彼らを気遣う様にほほ笑んだエレナも深々と礼をすると王についていき、神官たちも姿を消していく。


 この部屋に取り残されたのは、リツたち四人と飲み物を持ってきた執事長とメイドだけである。


「みなさま、混乱なされているのはわかります。しかし、しばし我々におつきあい下さい。状況の説明は後程王からされますので……こちらは果実水になります。どうぞお飲み頂いて、少しでも落ち着かれますよう」

 年老いた執事長は彼らの警戒を解こうと柔和な笑みを浮かべて、なるべく優しい声音で四人に話しかけてくる。


「あ、あぁ、ども」

「あ、ありがとう」

「うぅ、ありがとうございます」

 慎吾、結、かなたの三人は説明を受けながらメイドから飲み物の入ったグラスを受け取る。

 リツも無言でそれを黙って受け取ることにする。


 グラス越しに見るその液体の見た目は青く、普通の冷たいジュースのようだった。


「美味い!」

「美味っし!」

「甘くておいしいです」

 先ほどまでは警戒していた三人だが、執事長の優しそうな様子にほっとしたのか、なんの抵抗もなく、すんなりとそれを飲んでいく。

 見たことのない色合いだったが、ひとたび口にするとさわやかな果実の風味が広がり、彼らの表情は緩んでいた。


(なにかおかしいな)

 だが、リツは一人なにか違和感を覚え、飲むふりをしながら周りを確認していく。


 執事長とメイドたちは、四人が飲み物を飲み終えるまで監視しているかのように見ている。

 用がなくなったグラスを受け取るために待っているというよりも、確実に飲んだことを確認しているかのようだった。


(それじゃ、”鑑定”)

 再度召喚されたわけだったが、リツには勇者時代に得た能力が全て残っており、飲み物に何か含まれていないか鑑定していく。

 このあたりの慎重さは魔王討伐の旅の中で培われたものであった。


(悪いものは入っていないが、なるほど能力鑑定用の薬か……)

 これを飲んで居れば、能力鑑定の魔道具に反応してその者が持つ力を表示することができる。


 反対に飲まなければ表示されないため、ここで確実に飲んでもらう必要があった。

 それが彼らの監視行動に繋がっているようだった。


「いかがなされましたか? 甘い飲み物ですので、疲れもとれるかと思いますよ」

 リツの行動を怪しんだのか、執事長が声をかけてくる。


「――いえ、初めて見た飲み物だったもので綺麗だなと眺めていました。せっかくなので頂きます」

 そう言うと、リツは青く色づいた飲み物を飲み干した。

 もちろん、このまま能力を鑑定されてしまえば、勇者時代の力を全て見られてしまうため、一つ細工をしておく。


 リツの左手の小指には召喚時にはなかったはずの小さな指輪がはめられていた……。

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