長生きできる薬

柄山勇

第1話  長生きできる薬 part1

 その男は、都内でも有名なマンションの最上階に住んでいた。

ベットやソファーなども一流品を使っており、座布団やカーテンに至っては桁が三桁を超えていた。

これだけ聞くと、住んでいる男は皇族のボンボンか、成金の息子、はたまた一夜で財産を築いた世界的大泥棒かもしれない。

 だが、その予想は悪い方に裏切られた。その男は、この家に満たない薄汚れた服を着た三十歳ぐらいの社会人だったのだ。

男は一週間前に会社を辞め、今は無職だった。

そんな男には、マンションを買って家具を揃えるぐらいしかやることがなくなっていた。


  一週間前、男は電車に乗っている際に突然、激しい頭痛と吐き気を訴え、病院に搬送された。 

検査の結果、原因不明のウイルスが脳に溜まっており、その影響が今日現れたと医者が言った。それと同時にもう寿命が長くないことも告げられた。

ー信じられないー

そんな言葉が男の中にあった。

 だが実際、それなりに交流のあった医者だったし、それ以前も何度か体調を落としていたので信じないわけにはいかなかった。

その日、男は会社に辞表を出した。


 ・・・

そこからの男は、行動が早かった。実家の土地を売り払い、都内に高級マンションを買い、10年近くためていた貯金を崩して、身の回りの所持品を高価なものに買い替えた。所持金のほとんどを使い果たしてしまったが、男に悔いはなかった。

それからの毎日は単調だった。朝食べて寝る、昼食べて寝る、夜食べて寝る、ずっとそれの繰り返し。人生とはこんなものなのか、男はそう考えていた。


 そんなある日、郵便ポストを確認していると、新聞のほかに葉書が一枚入っていた。

特にすることもないので葉書を読んでみると、そこにはこう記されていた。

〈命が長くないとわかっている方、もうすぐ寿命だけど何かやり残したことがある方、長生きしたい方。

そんな方々のために、我が社で開発した(ロード ロンジャべディー)という薬が完成しました。試作品となるので、お金はいただきません。試してみたいという方はぜひ、A社にお電話を。なお電話番号につきましては.....〉


男は書かれている内容を繰り返し読んでいた。

(馬鹿らしい、なんだこの胡散臭い内容は。名前も長いし、試作品と書いてあるし、これで死んだらどうしてくれよう)

そんなことを思う一方で、

(もしこの薬が効いたら、もっと長く生きられるかもしれない)

などと考えてしまう二人の自分がいることに気づいた男は、えらく葛藤していた。

まずは電話してみよう、そう思った男は葉書に書かれた電話番号に電話をかけた。

 「お電話ありがとうございます。A社の販売員のSというものです。今日はどういったご用件で弊社に電話していただいたのでしょうか」


 「えっと、葉書を見た者なんですけど、」


 「(ロード ロンジャべディー)の件ですね。わかりました。よろしければお名前とご住所、お電話番号を教えていただけませんでしょうか」


 「はい。名前は西田・西田郎。電話番号は...」


 「はい、了解しました。よろしければ来週の水曜日、お宅に伺っても構わないでしょうか」

 

 「別にいいですよ」


 「かしこまりました。それでは来週の水曜日に契約内容については話させていただきます。今日はありがとうございました。」

 

 そう言って電話は切れた。

正直に言って、男は少し後悔していた。この手の葉書は大体、胡散臭いツボ売りか、ヤバい宗教団体の勧誘だと思っていたからだ。もしかしたら来週の水曜日には、コードがたくさんついたヘルメット的なものを買わされるかもしれない。

 男は少し不安になりながら、来週の水曜日を待ち続けた。



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