第三話 花火大会

 待ちに待った花火大会当日。花火大会会場の最寄り駅で集合することになっていた。透は途中で健一と合流し、集合駅へ向かった。


「おお、浴衣着てきたのか。気合入ってんな」


 健一は透を見て言った。


「葛城院や御坂はきっと浴衣で来るだろうし。ああ、浴衣姿が楽しみだなあ」


 さぞかし彼女の浴衣姿は最高だろうなと期待に胸膨らませながら二人は集合場所に向かった。

 集合場所に到着すると、公平が来ていた。


「なんだ、高崎も浴衣着てきたのか。俺もそうするべきだったな」


 健一が失敗したかな、という感じで言った。


「こういう時くらいしか着ないからね」


 公平はそう言ったが、透はそもそも今着られる浴衣はなかったのでわざわざ買いに行っていた。


(コイツも事前準備抜かりなし、ってコトか。敵ながら恐るべし――)


 すると間もなく彩香と圭もやってきた。


「Oh――」


 透は思わず言葉を漏らした。


「お待たせ」


 これぞ、日本女子。清楚、美人――透は彩香たちに見とれてしまっていた。


「わあ、さすが女の子だね。すごくよく似合ってるよ」


 公平は二人の浴衣姿を見て言った。


「ありがとう」


(しまった――思わず見とれてしまって先に言われてしまった。ってか、ポニーテールもやっぱりイイ!)


 彩香はオリエンテーション合宿のハイキングの時と同じように、長い髪をポニーテールにしていた。


「うわあ~俺も浴衣買えばよかった。空気読めてないじゃん」


 健一は頭を抱えながら言った。


「大丈夫、大丈夫。男の人は私服も多いでしょ」


 圭がフォローするように言った。


「うう……ありがとう、ケイチャン」

「浴衣、女の子、最高」


 思わず透がつぶやくと、「なにそれ」と彩香が笑って言った。


「本当にどうして女の子ってそんなに浴衣が似合うんだろう。俺は今日、本当に来てよかったと思ってるよ」

「とても素直でよろしい」


 圭が透の頭をなでながら言った。


「もうすでにすげえ人だな」


 改札を出ると健一が先の方まで見ようと背伸びしながら言った。

 縁日の屋台が並ぶ通りでは一層に人でにぎわっていた。屋台で食べ物を買いながら、花火の見える場所に移動する。大勢の花火客でぞろぞろと列に混ざって歩いた。


「まあこの辺ならとりあえず見えそうかな。えーと、何時から打ち上げだっけ?」


 透は辺りを見回しながら言った。


「十九時二十分開始、って書いてあったよ」

「そうか……」


 時計を見るとまだ三十分以上時間はあった。


「やっぱり俺ちょっとトイレ行ってくる」

「大丈夫? 間に合うかな」


 公平も時計を見ながら言った。


「並ぶかもしれないけど、さっきのところ近くにあったし。まだ時間もあるからちょっと行ってくる」


 透は一旦彩香たちから離れてトイレに向かった。もちろんトイレには長蛇の列ができていたが、まだ時間には間に合いそうだった。

 十五分ほど並んでようやくトイレを済ませて戻ろうとしたが、規制線を張られてしまっていた。警備員に訊いても向こうにまわってくださいとしか言ってくれず、入れてもらえなかった。

 いよいよまずいと思い、一旦健一に電話でその件を伝えて今の列の方に向かった。


(……ん?)


 何となく、列の外にいた小学校低学年くらいの男の子に気が付いた。不安げに周りをキョロキョロしながら一人で歩いている。


(さっきもいたな)


 トイレの列に並ぶときも見かけていた。そのうち誰かが声をかけるだろうと思ったが、まだ誰も気にしていないようだった。


(……)


 何だか嫌な感じを思い出した。自分も小さいころ、人ごみの中で親とはぐれてしまったことがある。誰も気にしてくれない、親も見つからない――

 透は列を抜けてその男の子の方に向かった。


「どした? お母さんたちとはぐれたのか?」


 男の子は不安そうな表情をして透を見上げると、ただ頷いた。


「じゃ、近くに花火大会のテントがあるから一緒に行こう。でかいマイクで呼びかけてすぐ見つかるよ」


 男の子は再び頷き、透は男の子の手をとって歩いてあげた。


(わかるよ、不安だよな本当に――まったく、なんてハクジョウなんだこいつらは)


 みんな列に並ぶことに精一杯のようだった――あの時と全く一緒じゃねえか。

 自分が迷子になったときも、みんな素通りしていくだけで何もできなかったことを思い出した。


(まあ、もうすぐ打ち上げの時間だから仕方ないといえば仕方ないが――)


「ほら、これでも食ってろよ」


 透はさっき屋台で買ったラムネ菓子を渡した。

 拡声器で列整理広報の連呼をしている警備員になんとか本部のテントの場所を訊いて、無事に男の子を預けたところで一発目の花火が上がってしまった。


(ああ――)


 透は力が抜けた。もう彼女と一緒に花火を観ることができなくなってしまった。せっかく一緒に来れたのに――


(本当に可愛かったな……)


 それでも事務所のテントから何となくずっと花火を観続けていた。

 気が付けば着信が来ていた。ただ、今は打ち上げ花火の音と歓声でとても聴こえないと思ったので、とりあえずメッセージで間に合わなかった件だけ伝え、後で本部のテントで合流しようということにした。


(はあ……)


 透は落ち込んでその場に座り込んでしまった。メインイベントの瞬間に彩香と一緒にいられなかったことがただただ残念だった。

 きっと今、葛城院の隣にはアイツがいるだろう――透は公平の姿を想像しながら花火が打ち上がるのを観ていた。


(失敗した――タイムリープしてから初めてしくじった。いや、学級委員の件があるからこれで二回目か。花火を見上げる葛城院の横顔なんか絶対素敵だったんだろうな……)


 ふと、テントの中を振り返る。男の子も椅子に座ってスタッフに声をかけられながら花火を観ている。


(まあでも――仕方ない。他で取り返せばいい)


 透は今後の作戦を練り始めた。またどこかに遊びに行くように今度は俺の方から誘ってみようか――

 打ち上げ花火が一区切りついて、さっきの迷子の男の子の放送がすぐに入った。

 そしてしばらくして彩香たちが来るのがわかった。


「すまん」


 みんなに来てもらった透は申し訳なさそうに謝った。


「やっぱりトイレは無謀だったな」


 健一が言った。


「すまん。列に入れなかった」

「いいわよ。別の場所から見ましょう。高いところで」


 彩香はそう言ってフォローした。


(本当……優しいよな)


「すまん。せっかく場所とったのに」

「いいって」


 公平たちも気にしないでという風に言ってくれた。

 そして移動しようとしたときに、どうやらさっきの迷子の男の子の両親らしき人がやってきたようだった。するとスタッフが透の方を指して何か話すと、両親が透の方に来てお礼を言った。


「見つかって良かったです」


 あまりに感謝されたので却って恐縮した。


「どゆこと?」


 圭が訊いた。


「トイレにならんでいたとき、迷子みたいだったから。それで」

「……送ってあげたの?」


 彩香が透を見て言った。


「元の場所に戻ろうとしたんだけど、規制が入って戻れなくて。もう大きく迂回するルートの方にまわされたからどうせ間に合わないと思ったんだ」

「なんだよ、カックイーじゃねえか、透」


 健一が肩をバンバンと叩いた。


「いや……俺も小さいころはぐれたことがあって、軽くトラウマだったから。というかトイレに並んでいるときから独りぼっちだったのに誰も声をかけてないんだよな! まったく薄情な世の中だよ――って言っても、打ち上げの直前だったから仕方ないかもな。とにかく、すまん。早く移動しよう。また始まってる」


 透はみんなを促して言った。

 さっきよりかは離れてしまったものの、後半の打ち上げ花火を無事に観ることができたし、打ち上げ花火を見上げる彩香の美しい表情も充分堪能できたので透はまあいいか、と思った。


(っていうか、葛城院の横顔だけで充分お釣りが来てしまう)


 ただ、例によって公平とも親しげに話しているのを見るとやはり二人の距離も縮まっているのだろうか、と現実も感じた。



 ◇ ◇ ◇



 そろそろいい時間になったので帰ることにした。まだ花火大会自体は終わっていないが、駅に向かう客も割といた。


「帰りの電車も込んでいそうだ」

「本格的に込む前に乗った方がいいだろ」


 あれこれ花火の感想などをしゃべりながら、帰りの電車に乗った。


「今日は本当に楽しかったわ」

「またね~」


 彩香と圭と公平は透たちと逆方向だったので、乗換駅で別れた。


「宴の時間は終わった」


 透はつぶやくように言った。


「だな」

「けど、楽しかったから良しとするか」


 透と健一は頷き合い、帰途についた。

 家に帰ると、嬉しいことに彩香から打ち上げ花火の写真と共に、今日は楽しかったという内容のメッセージが届いていた。

 嬉しかったが、彩香の浴衣姿の写真もほしかったなと思った。


(うう……撮っておけばよかった。けど、『撮らせて』っていうのも変な意味にとられそうだし)


 再び彩香のメッセージに目を向ける。


(でも、いっか。うん)


 彩香へ返信を打ちながら、思わず微笑んだ。

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