StarGazer

ちぃまゆちゃん

プロローグ

 クローゼットからブランケットを出して羽織り、暖かいレモンティーを用意する。温めたいのかどっちなの、と彼に言われたモヘアのショートパンツに、買ったばかりのレッグウォーマーを履く。アンティークショップで衝動買いをした、小さなラジオからは、細々と音楽が流れていて、最近流行っている女性の歌声と、彼女が奏でるギターがしゃりしゃりと鳴る。


 屋根裏部屋の天窓から夜空を見上げる。やっと自分の夢が叶った。

 幼い頃、祖母に描いてもらう家の絵が好きで、その絵には、必ず屋根裏部屋があって、必ず天窓を描いてもらったのだった。わたしだけの秘密基地だ。

 好きなものだけを身につけて、美しい音楽だけそばに置いて、吐き出す息さえ愛しく感じる。

 

 わたしの頭の上にはちゃんと空がある。

 映画館のスクリーンを観ているみたいに、天窓をじっと見つめていると、視界には星空だけが、見ているように思えてくる。


 しばらく見上げていると、ラジオの女性の歌声が、子守唄のようでなんだか眠くなってきた。こんな気持ちでうたた寝ができるなんて、わたしはなんて幸せなんだろう。

 楽しい夢が見れますように。そう思って目を閉じた。



 冷たい風に体がビクリと震えた。

 それをきっかけに徐々に意識が戻ってくる。コンタクトをつけたまま眠ってしまったようで、目が痛い。何かの夢を見ていたような気がするが、すっかり忘れた。

 台所へ向かい、顔を洗う。コンタクトを外すときに角膜が剥がれた感じがして、気持ちが悪い。狭い部屋の中は、寝てしまう前に食べていたカップラーメンや、積み重なった洋服たちが、床やそこかしこに散らばっている。

 小さなため息をついて、テーブルの上に置いた眼鏡をかけて、万年床になりつつある布団の上に倒れ込んだ。


 いつからこんな暮らしになって、いつまでこんな暮らしが続くのだろうか。

 変な時間に眠って目が覚めてしまってせいで、感傷的な気持ちになってきた。こんな狭くて小さな汚れた部屋に居たいわけじゃないと思っているけれど、なんとかしようとする気すら起きない。


 どこからか音楽が流れている。横になったまま音楽が聴こえる方へと手を伸ばした。何を流していたか思い出せないが、少し癪に障る。うるさい。

 元凶である型の古くなったスマホの、ストラップをつかんで引っ張った。


 そういえばこの前ラジオのアプリを入れたんだった。

そんで、テレビは面白くないし、やりたいことも、見たいものもなかったけど、なんだか寂しくて、音楽だけが流れる番組をBGMにしていたのだ。

 激しめの音楽のアウトロに顔を顰め、スリープ状態の画面を乱暴に叩いた。顔認証があるけれど、メガネを付けたままのの状態では認証されない。激しい曲が終わってから、やっとアプリを開くことができた。

 そのままアプリを消そうとすると、聴いたことがあるメロディが流れた。確か、今流行っているらしい女性アーティストの曲だ。最近は音楽すらろくに聴かないから、多分、だけど。


 ギターがしゃりしゃりと鳴っている。優しいのにすごく寂しい音だ。

 女性が息を吸い込むのが聴こえて、反射的に息が詰まった。流れてきた女性の歌声に、突然ものすごく泣きたくなった。どこか懐かしいメロディと、繊細な歌声。アコースティックギターが部屋に響いた。


 スマホを持って布団から這い出て、ベランダの窓を開ける。

この家で唯一気に入っているのは、このベランダだけだ。

 広くない、綺麗でもない、高層階でもない。ただ、思い切り首を突き出したら、広い空が見える。

 駅からも遠いうちの周辺は、東京の外れだからか街灯も少なく、夜はちゃんと星が見える。わたしの頭の上にはちゃんと、空があることを思い出させてくれる。


 冬の風はとても冷たい。でも冷えた風が頬を撫でて、ほんのすこしだけ頭の中もすぅっと冷えてきた。澄んだ空気の空に星が光る。

 今、光っている星はなんの星座を描いているのだろう。輝きはあるけれど、度が合わなくなったメガネではよく見えない。


 風の音で、聴こえづらくなったスマホの音量を少しあげる。

 冬の夜空に、透き通った女性の歌声が響く。


 その歌からは、星座の名前が、聴こえた気がした。



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