魔王と姫君♂
綾坂キョウ
第1話
「リグドネス国王よ! 古の契約により、姫はいただいていくぞっ」
魔王・エルフォネの宣言に、齢四十を越える国王は顔をひきつらせた。空を覆うほどに巨大な漆黒のドラゴンに載り、突如として『恐怖の具現』たる魔王が現れたのだから当然のことだろう。むしろ、悲鳴を上げ取り乱さなかったことは、さすが強国を支える賢王と言うべきか。腹回りは出てきているものの、かつて自ら剣を振るい先陣に立ち、攻め行って来た敵国軍を追い払った頃の面影は、今も顕在だ。周りで立ち竦んでいる兵士たちより、余程勇ましい。
リグドネス国の王は、代々「神の声」の代弁者として、国を治めている。屋上に立ち、エルフィオネを睨むように見上げてくる現国王は、ドラゴンの羽ばたきによる風圧に負けないほど、声を張り上げてきた。
「魔王よ! 初代国王が建国の折りに、貴様と交わした盟約のことは聞き及んでいる。だが、わたしには娘など」
「--なにを隠すことがおありでしょうか、父上」
そう、すっと進み出たのは、美しい少女だった。朝日を束ねたような輝く金髪をきつく結い上げ、瞳の色と同じエメラルドで飾っている。白色のドレスは細身ではあるものの、下品でない程度にスリットが入っており、磁器のような脚がちらりと垣間見える。
「わたくしが、おりますれば」
大きな目を細め、少女が歌うように宣言する。凛とした声はよく通って、ドラゴンの背に立つエルフォネルまではっきり届いた。思わず、間深く被ったフードの中から「ほぅ」と愉しげな声を漏らす。
「自ら出てくるとは、見かけによらず豪胆な姫君だ。知っておるのか? 我が盟約を」
「もちろん、存じ上げております。『これより十代後の王の時代、我が花嫁としてその娘を奉るべし』と」
真っ直ぐに見つめるその目に。エルフォネルは「ふぅん」と笑うと、ちらっと王を見た。賢王は、エルフィオネが唐突に現れたときよりも、ずっと危うげな表情を浮かべている。よほど、この娘を溺愛しているのだろう。
「--良かろう。この姫をもらい受ける」
エルフィオネが言うや否や、その場に強い風が吹く。目も開けていられないほどの強風に、人間たちは一様に悲鳴のような声を上げた。
そのうちの一人である姫の身体が、宙に浮かぶ。「殿下っ!」と兵士たちが口々に叫ぶが--もう遅い。
自分の元へと、風に運ばせた姫の腰を抱きながら、「それでは」とエルフィオネは王へと手を振った。
「花嫁はいただいていくぞ--下等な人間の王よ」
それに、顔面を蒼白にした国王がどう返事をするかなど、もはや興味もなかった。羽ばたきを大きくし、ドラゴンが動き出す。
ドラゴンが羽ばたいた後には、雲を散らされ青々と晴れ渡る空が、あるのみだった。
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