第1話 新しいスケルトン
「
俺は屋敷の魔方陣――そこに己の魔力を通し、まず魔術を施行できる環境を整える。
血液で描かれたこの魔方陣は、乾いた部分が剥がれたり擦れたりするたびに、俺が自分の体を傷つけて血を流し、修正している。そろそろ領地の稼ぎもまずまず増えてきたことだし、魔方陣を描くための特殊素材でも購入した方がいいだろうか、とは考えているところだ。
だが現状、血液というのは便利な素材なのだ。
何せ、タダである。俺がちょっと痛みを我慢すればいいだけの話で、それほど多くの量は使わないし。
そんな風に考えていて、延々と先延ばしにされているのがこの魔方陣なのだが。
俺はそんな魔方陣の中央に、骨を置く。
何度もやってきたスケルトン作成――それは骨の一部であっても、一部の記憶を頼りに全体を構成してくれる便利な代物だ。もっとも、素材となる骨が多ければ多いほど魔力の必要量が少なくなるため、できればパーツを多く揃えたいところだが。
巨人の骨からスケルトンを作ったときには、それこそ俺の魔力が何度尽きたか分からない。無尽蔵と思われたクリスの魔力ですら、底が見えたほどなのだから。
そして、今日俺が置いている骨――それは、ごく一部。
「――
魔方陣に走る魔力。
それが中央に集束すると共に、置いた骨に魔力が宿る。そして骨から別の骨が生え、別の骨と繋がり、その形を成してゆく。
そして、魔力の光が収まったのち。
「……よし、成功だ!」
そんな、俺が少なくない魔力を用いて作った、新しいスケルトン。
昼食に出てきた魚の骨を使った、魚スケルトンがそこにいた。
「んで、これを作ってどうするんだよ、ジン」
「いや……まぁ、できるかなぁ、と」
お師匠――エレオノーラの言葉に、俺は頬を掻いて答える。
俺は先程まで、自分の執務室で書類の作成を行っていた。旧フリートベルク領と、それに加えて増えた二つの領地――グリーンウェル領とフジカー領を含めた地図における、新たなスケルトンホースの定期便を考えていたのだ。
現在、スケルトンホースの定期便は旧フリートベルク領――バースの村をはじめとした、八つの村にフルカスの街とラクーンの街を巡っている。
そして俺の屋敷があり、経済の中心といえるのがフルカスの街だ。そのためフルカスの街を中心とし、グリーンウェル領とフジカー領にそれぞれ独立したスケルトンホースの定期便を整備するために、どうすればいいか考えていたのだ。
「……気分転換ってことかい?」
「……まぁ、はい。そうです」
この道ならばどうだろう、この道程ならばどうだろう、と様々な案を考えていた。
そうしているうちに、ふと奥歯の方が気になった。そこには、昼に食べた魚の骨が挟まっていたのである。
そこで俺は思った。魚の骨からだって、スケルトン作れるんじゃね、と。
で、今に至る。
「あたらしいほね」
「ああ……まぁ、作ったはいいけど、案外グロいなぁ……」
「かわいい」
「可愛いか?」
魚スケルトン。
今までスケルトンホースだったり牛スケルトンだったり、色々作ってはみた。その中でも、最も小さいと思えるスケルトンである。
何せその姿は、まさしく食事の席に出てきた魚を食べた後に残ったヤツだ。
いや、カルシウムが欲しい人は骨ごと食べるのかもしれないが、それは個人の自由だ。俺に口を出す権利はない。
「しかし、不思議なもんだね。まるで、大気が水みたいに泳いでいるよ」
「ええ。正直、俺は床でぴちぴち跳ねると想像していました」
エレオノーラの言葉に、同意する。
魚スケルトンはまさしく、拳一つ分ほどの距離で宙に浮かんでいたのだ。そして魚らしく、くいっ、くいっ、と体を動かしながら泳いでいる。空を。
一体どういう理屈なのかは分からないけれど、一応俺は頭の中のメモに記録しておいた。魚スケルトンは空を泳げる、と。
「こっちに来い」
「……」
「あー……やっぱ来ないか」
魚スケルトンに対して、俺は命令する。
しかし、魚スケルトンは俺のそんな言葉など完全に無視して、適当に自由に泳いでいた。まぁ、これは想定の内だ。そもそも魚に、人間の言葉など通じないのだから。
馬や牛ならば、ある程度人間の言葉を理解していると聞く。だから、スケルトンホースはちゃんと言うことを聞いてくれるし、牛スケルトンも農村で活躍しているのだ。だが、魚の調教方法など分からないし、そもそも魚に聴覚が存在するのかも分からない。
だから、この魚スケルトンの使い道は――。
「硝子瓶の中に入れて、好事家にでも売りますかね」
「確かに、売れそうではあるね。余計な騒ぎも起こしそうだが」
「……そうですね。まぁ、魚スケルトン事業は諦めた方が良さそうです」
「何か腹案でもあったのかい?」
「ええ、まぁ」
一応俺も、考えなしに魚スケルトンを作ったわけではない。
フリートベルク領を流れる大河、ケイーイ川での水運を考えていたのだ。水運ならば馬車よりも大量に物を運ぶことができるし、運輸の方で事業を行えるかと。
基本的に水運の動力は、雇っている人足による手漕ぎか、帆船に対して魔術師が風魔術を発動するかのどちらかだ。そして、そのどちらも金がかかる。人足を雇うにはそれだけの給金を出さなければならないし、魔術師を一人雇うだけでも大きな金がかかるのだ。
だから、そこをノーコストでいけるようになればと、そう考えていたのだが――。
「でも、諦めますよ。ただ今回の実験は、魚スケルトンが空を飛ぶってことが分かっただけで良しとします」
「そうかい。んじゃ、あの魚スケルトンはもういらないんだね?」
「ええ……まぁ、いらないですね」
「それじゃ、あたしにくれ」
「……あれ、欲しいですか?」
ぷかぷかと宙に浮いている魚スケルトンを指差して、そう言う。
こう言っては何だが、浮いていて泳いでいるだけで、見た目は完全に食後の皿の上だ。
だが、エレオノーラは呆れたように溜息を吐いて。
「当然だろ。何故浮いているのか、動力はどうしてんのか、不思議なことがあれば調べてみたいのが魔術師だ。あの魚スケルトンは、自動的に『
「……元々、俺の奥歯に挟まってた骨ですけど」
「汚いねぇ……まぁ、先に全身洗ってから調査するさ」
そう、エレオノーラが嬉しげに笑みを浮かべて。
しかし、そんなエレオノーラよりも先に、魚スケルトンにクリスが触れていた。
まるで可愛がるように、その頭の部分を撫でて。
「……クリス?」
「はい。なまえつけた。このこ、カープ」
「おい、ジン……」
大きく、溜息を吐くエレオノーラ。
仔牛スケルトン、まだ大量に屋敷にいるのだけれど。
どうやら、魚スケルトンは新しいクリスのペットとして認定されたらしい。
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