第21話 譲歩

 意味の分からない言葉に、放心するしかない。


 確かに俺も健康な若い男であるし、女が嫌いというわけではない。クリスのことは可愛いと思うけれど、決してそういう趣味があるわけではないのだ。普通に適齢期の女性と結婚したいという願望も、少なからずある。

 それに加えて、俺の年齢――二十一歳で、婚約者の一人もいない貴族家の当主というのは、そうそういないだろう。まぁ実際、兄のエドワードには婚約者がいたという話も聞いたことがある。全て捨てて駆け落ちしてしまったわけであるし、俺とは全く面識もない誰かの話だからどうでもいいけど。

 だから、そんなアンネロッテの提案は、決して間違っているものではない。

 俺の心情を、考えなければ。


「ええと……」


「はい、伯爵閣下」


「それは一体、どういう意味……で」


「勿論、伯爵閣下のお子を宿す女性については、わたくしどもが厳選いたしますわ。良い家柄の娘で、必ず伯爵閣下に相応しい女性を派遣させていただきます」


「いや、そういう意味じゃなくて……」


 まずい。

 これは、完全に裏目に出てしまったと言えるだろう。俺にしか扱えないという理由を作るために、『血盟魔術』について話したことを、逆手に取られてしまっている。

 そしてアンネロッテは、俺が吐いた嘘だと分かっていながら、敢えて否定もすることなく俺の条件を呑もうとしているのだ。

 結果。

 俺は、何故か後宮ハレムを作ることになってしまっている。


「おや……どなたか、婚約者がおられますの?」


「い、いえ、そういう相手はいませんが……」


「でしたら、わたくしもその一人として末席に加えていただきましょう。このような美少女があなたの側室になるのですから、もっと喜んでもいいのですよ?」


「……」


 側室とか、そんな別世界の言葉を使われても。

 そりゃ、そういった文化があることは知っている。だけれど、グランスラム帝国でもそんな状態にあるのは皇帝の一族か、余程の高位貴族くらいのものだ。俺のような、帝国の辺境貴族にそんなことを言われても。


「ご、ごほん……その、側室とかは、その……」


「おや。伯爵閣下は一夫一妻制をお好みですか?」


「俺は、まだ、そういうことは考えられないというか……」


「あら……既に貴族位を継承し、領主として活動しながら、妻を娶るつもりが全くないと仰るのですか?」


「……」


 全くないとか、そういうわけじゃない。

 むしろ今は、仕事が楽しいというか魔術の修行で忙しいというか、そういう女性関係の云々に時間を割くわけにいかないのだ。

 はぁ、と小さく溜息を吐くアンネロッテ。このヘタレが、とでも思っているのだろうか。


「まぁ、伯爵閣下がそれほど固辞なさるのでしたら、わたくしから無理は言いませんわ」


「……本当ですか?」


「ひとまず、伯爵閣下の要望は飲ませていただきます。領地の自治権、それにアンデッド作成の独占権……わたくしの一存で、こちらは了承させていただきます」


「……ありがとうございます」


 アンネロッテが、渋々とそう述べる。

 俺の想定以上に、あっさりと飲んだ。何か裏があるのではないかと、そう勘ぐってしまうほどに。


「でしたらまず、わたくしが本国の方に持ち帰りまして、その上で我が国から出兵いたしますわ」


「出兵?」


「ええ。領地の三倍を約束すると、そう申し上げましたから。これが飛び地になっても困ると思いますけれども」


「え、ええ……」


 飛び地。

 つまり、領境を接していない領地ということだ。他の領地を挟んで飛び飛びになっている位置に、自分の領地があるものだと考えていいだろう。

 まぁ瞬間移動テレポートが使えるといえ、領地は飛び地であるよりも隣接していた方がありがたい。


「現在、フリートベルク領と隣接している我が国の領地は、二つありまして。そちらの領主たちに、グランスラム帝国領であるアンドゥー領、モカネート領の二つを落とさせます。その上で、現在我が国の支配地である二つ……フージ領とコヨータ領の自治権を伯爵閣下に委ねますわ」


「フージ領と、コヨータ領……」


「そちらは、比較的税収の安定している領地になりますわ。その上で、フリートベルク領と合併を行い、三領併せてフリートベルク辺境伯領といたしましょう。そうなれば、わたくしのハルドゥーク領とも隣接することになりますので、今後の連携も上手くいくかと思いますわ」


「……」


 いまいち、ぴんと来ないというのが本音である。

 現在だって、俺はスケルトンを提供するくらいで、ほとんど領地のことは村長や町長に任せている状態だ。現状維持はそれぞれの拠点の長が行う、改革や新たな政策は俺が行う――そういう形で、一応フリートベルク領が成り立っているのだ。

 その領地が、一気に三倍になる。

 また領民たちに、アンデッドを良き隣人とするための根回しもしなければならないか。


「ただそうなると、伯爵閣下にも覚悟してもらわねばならないかもしれません」


「どういうことですか?」


「ハイルホルンとグランスラムは、現状のところ国交は小康状態ですわ。たまに戦いが起こることはありますが、小競り合い程度で終わっている状態です。ですが今回、ハイルホルンは電撃戦を仕掛けて、二つの領地を一気に落とします」


「ええ……」


 ごくり、と唾を飲み込む。

 確かに、ハイルホルンとの大きな戦いがあったという話は、それほど聞いたことがないけれど。

 でも、二つの領地を落とされたとなれば、帝国の方にも面子がある。奪われた領地を、そのままにして和睦というのは難しいだろう。

 そうなれば、どうなるか。

 ハイルホルン連合国とグランスラム帝国の、全面戦争が勃発する。


「そうなれば、フリートベルク領も、大戦の最前線となるでしょう。勿論、我が国から兵は派遣いたしますが……以前も申し上げたように、我が国は常備兵が少ないのです。加えて、南方にも最前線を持っている以上、それほど多くの兵は供出できません」


「なるほど」


「フリートベルク領には、大戦を戦い抜くだけの兵力がおありですか?」


「ありますよ」


 俺は今まで、領地の改革をずっと行ってきた。

 だけれどそれは技術革新だとか、新たなエネルギーだとか、そんなものでは決してない。その内容は、スケルトンを労働力に用いるというだけの力技だ。

 そしてそれは、戦争でも同じ。

 敵が先遣隊であるならば、その何倍ものスケルトンで相手をし。

 敵が騎士団であるならば、圧倒的な力を持つ巨人のスケルトンで相手をした。


 だから、俺のやるべきことは一つ。

 力技で、相手を屈服させるだけだ。


「姫殿下は、ご存じかもしれませんが」


「ええ」


「『聖教』の神聖騎士団を、我々が撃退した……それにあたって作成した、巨人のスケルトンがおります」


「ええ、ですが、それは一体だと……」


 巨人のスケルトン。

 圧倒的な力を持つ、その存在を。


「現在、それを増産しています」


 今、俺は二体、持っているのだ。

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