第20話 こちらの条件

「……」


「……」


 俺の言葉に対して、アンネロッテはまず驚いた様子は見せなかった。

 彼女にとって予想範囲内のものであったのか、常にポーカーフェイスでいられるだけの演技力があるのか――そのあたりは俺には分からないが、とにかく俺の最も通したい要望はこれである。

 アンデッド作成の、独占権だ。


 アンネロッテは、ハイルホルン連合国における新たな労働力として、そして新たな戦力として俺の作るスケルトンを求めた。

 半年で二百。一年で四百。俺の作ることができるスケルトンの数は、それだけだとアンネロッテは把握しているはずだ。勿論俺はそれ以上作れるけれど、それを今のところアンネロッテに伝えるつもりはない。

 そう、四百だ。

 一年という、決して短くない期間で、四百。それによって不死の兵団を作り上げるのは、正直難しいというのが本音だろう。

 だから、俺も考えたのだ。アンネロッテは、俺の手元にアールヴの魔術書があることを知っている。そして、アールヴの魔術書そのものと実際にそれを扱っている俺という二つが国に加われば、ハイルホルン連合国の魔術師たちに死霊魔術ネクロマンシーを伝承させることができる――恐らく、アンネロッテはそう考えたのだと思う。

 つまり、多数の魔術師によるスケルトンの大量生産だ。


「なるほど……伯爵閣下、お話はよく分かりました」


「ご承知いただけるということですね?」


「結論については、少々お待ちください。わたくしも、全権を委ねられているわけではないものですから」


「分かりました」


 一瞬だけ、アンネロッテが俺から目を逸らすのが分かった。

 恐らく、これは嘘だろう。むしろ、俺に対してコンタクトを取ってきたことは、アンネロッテの独断ではないかと考えているくらいだ。

 それでも、信用して承知するポーズはしておかなければならない。


「お聞かせ願いたいのですが、伯爵閣下がスケルトンを作成するにあたり、必要となるものは何なのでしょうか?」


「人骨ですね。あとは俺の魔力で作ることができます」


「その人骨は、一部でも構いませんの? それとも、全てのパーツが必要となりますの?」


「パーツが揃っていれば、必要な魔力が少なくて済みます。一部のみとなると、その他のパーツを魔力で補充しなければならなくなるので、かなりの魔力が必要になりますね」


「でしたら、全てのパーツが揃った人骨を我が国が提供した場合、率直に……月に何体ほどのスケルトンを作成できますか?」


「百といったところでしょうね」


 現在の俺の魔力は、フリートベルク領を継いだ頃よりも二割増し程度には増えている。まだ全部の魔力を使い尽くしてスケルトンを作ったことはないけれど、恐らく日に十二体は作ることができるだろう。

 もっとも、それは人骨の一部のみの場合だ。全部のパーツが揃っているのなら、より魔力の消費量を減らすことができる。日に二十体くらいといったところだろうか。そのあたりを検証したことはないのだけれど、恐らくそれくらいだと思う。

 だが、それは言わない。

 月に百体ならば、魔力の二割も失わなくて済むのだ。俺だって、毎日スケルトンを作るだけの作業に勤しみたくない。

 だがそんな俺の答えに、アンネロッテは僅かに目を細めた。


「百……ですか」


「ええ」


「ただ、わたくしどもは伯爵閣下の持つその御業を切望しております。ハイルホルン連合国に住まう民たちに、一刻も早く労働力としてのスケルトンを提供したいと、そう考えているのです。できれば、もう少し生産量を増やしていただければと」


「残念ですが、俺も魔力の所有量には限界があります。それに、魔力もスケルトンの作成にだけ使うわけにいかないものですから」


「でしたら、参考までにですが……我が国の魔術師が伯爵閣下のようにスケルトンを作ろうと思えば、どれほど可能でしょうか?」


「ほう」


 思ったよりも、早く切り込んできたというのが本音だ。

 だが、大丈夫だ。アンネロッテとの会談の場を設けることは、以前から決まっていた。どんな質問が来ても問題ないように、何度もシミュレートしたのだ。

 アンネロッテは、俺がアールヴの魔術書を持っていることを知っている。だが、それを知っているとは言わないだろう。そして、俺も教えるつもりはない。

 だから、多少無茶なことでも、向こうはそれを糾弾できるまい。


「王女殿下は、魔術についてどれほどの知識をお持ちでしょうか?」


「残念ながら、魔術の素養は持って生まれなかったもので、ほとんど存じ上げません」


「でしたら、魔術に血統が重要ということはご存じでしょうか?」


「……そうなのですか?」


 ちらりと、アンネロッテがエレオノーラを見る。

 しかしエレオノーラは、我関せずとばかりに目を閉じていた。寝てるんじゃないかと一瞬思ったけれど、起きてるはずだ。多分。起きてる……よな?


「ええ。『血盟魔術』という名前です」


「……不勉強ゆえ、存じ上げません。申し訳ありません」


「いいえ。まぁ、他の魔術師でも知らない者は多いでしょうね」


 知らない者が多いのは、当然だ。完全にでっち上げた俺の大嘘である。

 この広い世界、調べたらそういう魔術もあるのかもしれないが、少なくとも俺はそういった魔術について聞いたことがない。何せ魔術師というのは閉鎖的で、自分の研究内容とか人に教えようって気がさらさらない連中ばかり集まっているのだ。

 そんなものは存在しない、と声高らかに言える者など、いるわけがない。


「スケルトン作成は、我が家の『血盟魔術』なんですよ」


「なんと……!」


「ゆえに、俺のやり方を他の魔術師に教えたところで、使えません。仮に弟子をとったとしても、その弟子に教えることはできないんですよ。残念ながら」


「……そう、ですか」


 ふむ、とアンネロッテが顎に手をやる。

 俺の手元にアールヴの魔術書があることは、察しているはずだ。そして、俺の代になるまでスケルトンの作成を一切行わなかったことを鑑みても、俺の言葉が嘘であると疑念を持っているだろう。

 だが、かといって「それ嘘だろ。お前アールヴの魔術書持ってるだろ」と言えないのが交渉の席というものなのだ。


「なるほど。お話はよく分かりました」


「分かっていただけましたか? でしたら、スケルトンの作成は任せていただいても?」


「ええ。伯爵閣下がそう仰るのでしたら、わたくしに異はありませんわ。そういった事情も鑑みずに、我が国の魔術師の中には、伯爵閣下に弟子入りをしてやり方を教授してもらえれば、より効率的にスケルトンを作れるのではないか――そんな意見を言う者もおりまして」


「納得いただけたようで、何よりです」


 思ったよりあっさり引き下がった。

 俺の想定では、これでもなお魔術師を弟子にとるように言ってくるものだと思っていた。無駄でもいいから、とかなんとか言って。

 一体、何を企んでいるのか――。


「でしたら、長い目で見させていただきましょう。ご参考までにですが、伯爵閣下。一つだけ質問を」


「いいですよ」


「どのような娘がお好みですか?」


「ええ……………………………………はい?」


 さすがに、この質問は想定外だった。

 いや、どのような娘がお好み? え、俺がどんな女性がタイプかってこと?

 考えたこともないんだけど。


「そ、それは、一体……?」


「顔立ちはやはり整っている方が、殿方はお好みですよね。足は細い方が良いと思いますが、肉感のある方が良いのでしょうか? 胸に関しては大きいのが好きな殿方と小さいのが好きな殿方がおられると思いますが、伯爵閣下はどちらですか?」


「いや、一体何を言ってるんですか!?」


「あら。簡単なことですわ」


 にっこり、とアンネロッテは笑って。

 そして、完全に想定していなかった、言葉を告げた。


「血筋によって魔術が使えるのであれば、より多くの子を成してもらうことは当然でしょう」


「……」


「我が国は一夫多妻制ですので、ご安心ください」

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